日記・コラム・つぶやき

アレクサンダー大王、アーサー王、将軍ハンニバル

20091216_alexanderアレクサンダー大王、アーサー王、将軍ハンニバルの共通点は?

伝説の英雄?
はい、それはその通りです。

ローマと戦った?
いえいえ、アレクサンダー大王はローマとは戦ってませんね。

私(マリンパ)が個人的に好き?
う~ん、アーサー王は、あまり興味ありません。イングランドの歴史は1066年にフランスのノルマンディー公ウィリアムの征服から始まると思ってますので。ここから、シェイクスピアが生きた時代(1564-1616:人殺し色々と覚えるらしい)頃までが、圧倒的に面白いですから。その他は興味なしです。

さて、それはさて置き、アレクサンダー大王と将軍ハンニバルは、その性格に於いては、まるっきり正反対で、現代でも人気を二分しそうなのだが、何故か、私は両人とも好きである。

アレクサンダーは、正々堂々、真っ向勝負を挑むタイプであり、ハンニバル将軍は、戦術、知略、策略、策謀を弄するタイプだ。

アレクサンダーは理想主義者で、ハンニバルは現実主義者。アレキサンダーは勝ち方にもこだわり、ハンニバルは奇襲・待ち伏せ何でもあり勝つ事が至上主義だ。

【ローマ人の物語】の著者、塩野七海氏は『アレクサンダーはギリシャ神話のアキレウスを愛していた。ハンニバルが誰を好んでいたかは知られていないが、多分、オデュッセウスだろう』と書いている。

なるほどねぇ、その通りかも知れないって思った。

ホメロスの『イリアス』でも、初っ端からアキレウスは怒っている。何に怒っているのかと言うと、ギリシャ側総大将アガメムノンの“汚い”やり方にだ。それ故、戦闘に加わらず、サボタージュを決め込んでいるワケなのだが。。。。

純粋で、不誠実なことが嫌いで、策を弄する事より、正々堂々を善しとし、生き方すら潔しを旨とするタイプなのだ。オデュッセウスはというと、アガメムノンに請われてアキレウスをトロイ戦役に参加させるため説得に向ったり、アガメムノンとアキレウスのいがみ合いの“調停役”をかったり、最後には“トロイの木馬”という奸計を巡らしたりと、知略家なのだ。

アキレウスはロマンチストで、アガメムノンはリアリストなのは、トロイ戦役ではアキレウスは死に、オデュッセウスは生きて故郷(イタキ)に帰れる(苦労するけど:オデュッセイア)所にも現れていると思う。

アキレウスは母(ティティス:ゼウスが愛したニンフだが、父より強い子を産む子宮の持ち主だとプロメテウスに忠告され、泣く泣く諦め、英雄ペレウスに嫁がせた。。。結婚式に女神エリスを招待せず、、ゼウスが人減らしの為に、、、、パリスの審判、、、ヘレネ略奪、、、トロイ戦争。一方、ティティスはアキレウスが戦死する事を予知していたので不死身にする為、冥界の川ステュクスに漬けるのだが、その時足首を握っていて、その部分が不死身にならず、、、アキレス腱。。。。)に、トロイ戦役に参加すると死ぬと言われていたにもかかわらず、参加してしまう。自分の運命に従って、思う存分生きる、伝説の英雄となって生きる道を選び、、、

かたや、トロイ戦役の10年とさまよい続けた帰路10年のあわせて20年、家を不在にしたオデュッセウスは、頑なに家を守り続けた貞淑な妻ペネロペイア(ヨーロッパでは貞淑な妻の代名詞:ペネロペ)がいたからこそ、故郷に帰ろうとする意思が挫けなかったのだろう。リアリストは家庭想いのやさしさの裏返しでもあるのだ。だが、家族想いは、自分が不在の間、我が家で狼藉を働いていた輩の皆殺しにも繋がるのだが。。。


小さな目でみれば、ロマンチストに拠る政治は混乱を招くだけだが、大きな目で見れば、理想に近づけるのかもしれない。

ただ、ロマンチストでもリアリストによる政治でも、万人がハッピーエンドにはならないということは、ギリシャ神話の時代に生きた人々も、知っていたみたいだ。現代人は知らないみたいだけど。

さすが、2000年以上の時を経て、尚、評価される文学(っていうのだろうか?)だけある。


さて、アレクサンダー大王、アーサー王、将軍ハンニバルの共通点は?

その前に、トランプの各スートのK(キング)のモデルだが、、、
スペード:ダビデ王(古代イスラエル国王)
ハート:カール大帝(フランク国王)
ダイヤ:カエサル(シーザー、古代ローマの皇帝)
クラブ:アレキサンダー大王(マケドニア国王)
と言うことらしい。

20091216_alexander2ただ、クラブのKは、諸説があり、マケドニア王アレクサンダー大王(Alexandre)が、アーサー王、カルタゴ将軍ハンニバルだったこともあるのだとか。(写真は、コリン・ファレルとアンジェリーナ・ジョリー主演の映画アレキサンダー。この時代は鐙がなかったのだが、そのように撮影している。エライ!)

答えは、トランプ、クラブのKのモデルになった英雄(王、将軍)でした。


こうしてみると、王の中の王は、やっぱり“ダビデ”なんだねぇ!庶民の遊びのモデルだから、やっぱり、とてつもなく“有名”ってことが条件になる。

ヨーロッパの庶民の間では、ダビデ王、カール大帝、カエサルが群を抜いているってことなのだろう。アレキサンダー大王も有名だけど、アーサー王やハンニバル将軍と一緒くたにされちゃう評価なんだねぇ。。。。カエサル萌ぇの私には、カエサルが入っているのは嬉しいけど、同じくらいアレキサンダー大王萌ぇの私には、ちょっと、不満。

でも、イタリアじゃ、言う事をきかない子供をビビらせるのに「ハンニバルがくるぞ」というらしいから、この辺からわかる事は、狭い地域で、強烈なのがハンニバルって見方も出来そう。比べて、カエサルは、広く浅く?って感じ?でも、広くってのも大事なんだよねぇ!!


日本で、トランプのK4人を選ぶとしたら??

スペード:神武天皇
ハート:聖徳太子
ダイヤ:源頼朝
クラブ:織田信長
かなぁ?

クラブのKは、他に豊臣秀吉、徳川家康、西郷隆盛、、、、あたり?

ちなみに、、トランプのJ4人は、、、
スペード:オジェ・ル・ダノワ(カール大帝の騎士)
ハート:ラ・イル(ジャンヌ・ダルクの戦友)
ダイヤ:ヘクトル(トロイの王子)
クラブ:ランスロット(アーサー王に仕えた円卓の騎士の一人)

となっている。

私の知っているのは、トロイの王子ヘクトルだけだ。このあたりになると“知る人ぞ知る”ってマニアックに人物が登場するみたいだ。

さしずめ日本では、直江兼続や“織田信長の懐刀”なんて呼ばれる人が選ばれそう。“歴女”クラスの知識が必要っぽいね。私には無理。

幕末から明治時代に限ってみれば、、、、、いろいろと意見がありそうだなぁ!

今、萌えている、秋山好古、真之兄弟は、ダイヤとクラブあたりの“ジャック”にしたいなぁ。

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新型インフルエンザ感染者2割が症状なし

20091215_ski80年代は、何か特別だ。70年代、60年代、、、、90年代すら、80年代と比べると色あせる。80年代は、女性の肩が怒っている。女性の眉が太い。マイケルジャクソンが活躍した。バブルがあった。

小林克也も言っている。コンピレーションアルバムも際立って面白い・・と。(言ってねぇかっ?)
(。_゜)☆\(ーー;)バキッ

昨夜、『私をスキーに連れてって』を観た。ちょっと前に、WOWOW でもやっていたんだけど、録画し損ねて見られなかった。その時に観たのは、『バブルへGO』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』。

今の若者に、80年代って、こんな時代なんだよって説明するのに、この映画は適当なのだろうか??

1963年生まれの私にとって、80年代は、『思い出が一杯』だ。でも、これらのなんか映画は違うんだよね。

ホイチョイ・プロダクションが作った映画は、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった“業界”の人達のライフスタイルだったんじゃないのかなぁ?彼らの目に映ったのがアレ。それにハッキリ言って、今、見ると、恥ずかしいんだよね。当時はカッコ良かったのかも知れないけど・・・。

だから、80年代の記憶を、現代の若者に伝えるのに、『私をスキーに連れてって』『バブルへGO』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』を観てってやられたら、ちょっとどころじゃなく違和感あるよなぁ・・・・。

まぁ、そんな事は、どうでもいいんだけど、音楽には、今思うと、顔が火照るような恥ずかしい思い出が一杯ある。

大滝詠一の、、、、、、、、、、。渚をすべるディンギーで、、、、、。リック・スプリングフィールドの“ジェシーズ・ガール”を、、、、で、ファースト・キッス。ユーロ・ビートでは、スチュワーデスの、、、、、、、。ユーアー・ライク・ア・ドール・ベイビーは、自分の力量も考えず無謀にも、、、、。

・・・雨の中のドライブが好きだ。土砂降りで前後が見えなくなるらいの。外界と遮断される感覚が心地よい。都会や自宅の近くではなくて、伊豆の135号線に限る。一瞬の降水量が違うから、、、、。

車と音楽はいつも一緒だ。だけど、そんな時の音楽は、、特別、関連付けられている記憶が無い。放心している?何も考えていない?良くわからないけど、外からの干渉を一切排除できる感覚に麻痺しているのかも知れない。落ち着く、心の平静を保てる、、、何も考えなくてもよい時間、、、、。大好き。

こういう、空間に、車と土砂降りと音楽は連れて行ってくれる。音楽だけじゃなくて、映画もそうだけど、、、、、、、でも、映像は、解釈が主観的になるところが惜しいところ。

ダンス・ウィズ・ウルブスが好きな映画の筆頭なのは、押し付けがましいところがないからだ。逆に、007シリーズのような娯楽では、はなからそんな事は期待していないから、あれはアレでイイ。

小説も同様。想像の空間に連れて行ってくれるようなモノは好きだ。価値観を押し付けられるのはゴメン。ストーリーが面白ければ、それはそれでいいけど。
 
 
 
さてさて、巷では、天皇を政治利用したとかなんとか、騒いでいる。なんか、違和感を感じるのは、天皇の存在を腫れ物のように扱っているところ。どっちの側も。

天皇を奉ると、戦争に突入するって言っている人達がいるから、扱いがセンシティブになるんだろうな。私には雲の上のような存在の天皇を好きとか嫌いとかの対象にする事自体、違和感を感じるんだけど、本人たちは、大真面目なんだろう。もしかしたら、“スター”を友達・知り合い感覚にする現代の若者のスタイルの先取りかもしれない。どんなに立派な理屈を捏ね回しても、案外、そんな動機だったりするんだよね。

でも、一つだけハッキリしていることは、天皇を敬う事を忌避する人達がいても、日本以外の国の人達は、日本の天皇に一目を置いているってこと。

天皇を存在を蔑ろにすればするほど、その人は、日本以外の人からは笑われるんだよね。

もし、天皇と軍事力が結びつくと戦争が起こるっていうのなら、実験すればいい。。。

でも、天皇と軍事力が結びつく事と戦争が勃発する事の関係は交絡因子だったことが証明されるだけなんじゃないかな。それが恐いから、天皇を忌避する人達は、『人道的に』なんて理由をつけてやらないんだろうけどさっ。

なんか自虐的歴史観を持っている人って、子供の頃、クラスに1人はいた“偏屈な彼”みたいな存在に感じる。せっかく歴史を勉強したのに、そこにロマンも感じないで、天皇と軍隊の、軍事力の批判をして、、、、、勿体無い。ひねくれ者なのかなぁ。。。。不思議。。。。歴史はロマンと文化、精神の遊び場のはずなのに、、、、、。


そして、彼らは反省が大好きみたいだけど、反省するなら『もっとも、生活に密着する部分に対してしなさい』って言いたい。
 
 
 
生活に密着するって言えば、ウイルス感染症。(だけじゃなくって、細菌も)

(ふぅ~っ。やっとたどり着いたぜ。回りくどいねぇ、俺も。)

【関西大倉中・高、新型インフルエンザ感染者2割が症状なし】

2009年12月12日 提供:毎日新聞社

新型インフルエンザ:関西大倉中・高、感染者2割が症状なし

 ◇大阪府研究所「季節性と同程度」

 大阪府茨木市の関西大倉中学・高校で5月に起きた新型インフルエンザ集団感染で、18人がウイルスに感染しながら発症しない不顕性感染だったことが11日、府立公衆衛生研究所が発表した血清疫学調査で分かった。季節性インフルエンザでは一定の割合で不顕性感染が生じるが、新型で確認されたのは初めて。

 生徒や教職員647人から8月下旬に採血した。新型に対する中和抗体価を調べたところ、10倍未満が334人、10-160倍未満が211人、160倍以上が102人だった。感染が確実な160倍以上の人たちに5-8月の自覚症状を聞くと、症状の有無が確認できた98人中18人は症状がなかった。一方、中和抗体価が160倍以上でも、採血後に発症した人が3人いた。

 調査を担当した高橋和郎副所長は「季節性ウイルスでの不顕性感染の割合は正確なデータがなく比較が難しいが、同程度と考えられる。また抗体を得ても感染する可能性があることもわかった」と話した。


知っている人は、『いまごろ、何言ってんの?』って類の事でも、知らない人にとっては青天の霹靂なんじゃない? 

---新型インフルエンザ感染者2割が症状なし---

これこそ、知らなかったことを反省すべきだな。

ウイルスに感染しても発症しない人もいるっていう、人間の多様性を無視するかのような空港での検疫なんて、大衆の無知に迎合しなくちゃならなくなった結果でしょ?

新聞では『新型では初めて』とか書いちゃってるけど、この記事書いた人って、バリバリの文系の人なのかもね。

初めてもクソもないんだよね!微生物と人との関わりには。これが基本なの!個別の関係は無いんだよ。100%発症・致死のウイルスは存在できないんだよ。宿主があっての微生物なんだから100%殺しちゃったら、自分も存在できなくなるでしょ。女がいなくなったら、やがて男も死に絶えるのと同じ事。

こういう“言い回し”をひねり出し、もっともらしく使いところが、生物学に無知な文系の証明なんだよね。でも、食物連鎖は知ってるんだよね。この程度の人でも。だから、病原微生物学も、食物連鎖並みにしちゃえばいいんだよ。教育で。

教育といえば、歴史を斜め読みして悦に入ってる“勘違い”な人達にも、将来を見据える為に、歴史を用いると、概ね、エピメテウス(下衆の後知恵)になってしまうってのを、理系的に証明しておこう。

ある日、庶民の代表、鳥山夕紀夫氏は風邪を引いた原因を考えているとする。

一昨日、電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事を思い出した。
「うん、あれだっ!」
昨日、外出先から帰って手洗いとうがいを忘れたのを思い出した。
「うん、それだっ!」
そういえば、昨夜、夜中にトイレに起きた時、寒かった。
「あれ、これも怪しいぞっ!」

2週間後、退院した友人からお見舞いのお礼の連絡があった。友人は虫垂炎で入院していたのだった。その時、思い出した。
「あっ!そういえば、あいつ、入院してたんだっけ。俺も風邪引いて辛かったから、忘れてた」

鳥山夕紀夫氏は、臓器移植を受けており、免疫抑制剤を服用中だ。

歴史家が結果に対する原因を推測する時、同様の事をやってる。鳥山夕紀夫氏の情報として『電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事』しか得られなかった場合、コレが原因ではないと否定できないので、『これが原因だ』ってなっちゃう。結局、自分の知る範囲の事象を原因として扱うことになるのだ。これはこれで、合理的な推測だし、鳥山夕紀夫氏の場合はさておき、実際、これで風邪を引く人もいるだろうから。

で、さらに、電車の中で感染したを裏付けるような、偶然、同じ電車に乗り合わせ、風邪を引いた知り合いなどが見つかれば、確信になってしまう。。。。

『電車の中で咳き込んでいる人と一緒だった事』しか得られないなんて事は、ないんじゃない?って疑問には、80年代の私の印象とホイチョイ・プロダクションの映画のズレを指摘しておこう。悪い意味じゃなくって、人間の観察の限界。時代の印象は十人十色。まして、何が重要なのか、重要な役割を果たしたのかなんて、言葉で表現は不可能なんだよね。


小説家は、自分に見えたものから信念が芽生え、膨大な資料から、このような事例を積み上げ、小説に信憑性を持たせる。

歴史家は、自分が合理的と判断した資料から信念が芽生え、別な資料からこのような事例を積み上げ、自説に信憑性を持たせる。この場合、他の歴史家が異説を唱えることが多いが、どれが、合理的かの判断基準が各人各様だからである。


歴史からイデオロギーをひねり出した人達の「天皇の政治利用」に関しての愚な議論を、私は、こんな風に感じている。

中国との関係が良くなるんなら、逢えばいいじゃん。天皇陛下。(って、もう、逢ったみたいだけど)

そもそも、政治的って言葉の定義すら曖昧なんだから、議論する事すら愚。宗教も同様だけど、政教分離とか天皇は政治的じゃダメとか言っている人って、現実が見えてないんじゃない。言葉遊びが好きなロマンチストなんだろうけど。「外交と政治は別」とか言っちゃってさ。

結局、戦争を人質に取ってるヤツ等に反論すると「戦争賛成論者」ってレッテルを貼られるから、ビビってるんでしょ?だから、ビシッと言い返せない。政治献金と一緒で、「現実を直視して何が悪い」って言ってやればいいんだよね。戦争を人質に取るような“卑怯”なヤツ等には。

これって、今の後期高齢者医療制度下に「年寄りは、死ねって事か?」って言うのと同じくらい、卑怯なんだよね、高齢者医療制を否定すれば、年よりは死ねって事になっちゃうから。でも、当人たちは気づいてない・・・・っ。トホホだね。卑怯な人は、自分は卑怯だとは思っていない・・・・・正義の味方だとは思ってる。。。。

小沢一郎は、よく言った。あれが政治家の姿だ。政治家は正義の味方である必要は無いからね。でも、内容がショボイ。政治献金、何故、悪い?って言って欲しかったなぁ。


マスコミ批判に持っていくなら、この記事を書いた人の無知を指摘し、こんな“悪貨”が“良貨(無垢な庶民の感覚)”を駆逐するのだ!ってやるんだけど、マスコミ批判、最近、飽きたから、やんない・・・

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MRI装置の多い地域で腰部手術が過剰傾向に

20091211_intelligence_1これって、なにもMRIだけの話じゃない。

検査、検診、、、早期発見の言葉に釣られて調べてみれば、、、、にも当てはまる。
腰痛に関しては、既に手術が患者の転帰の改善につながらないのはわかっている、、、、すなわち、手術してもしなくても、腰痛が治る人は治るし治らない人は治らない、と。

私は、2000年10月に椎間板ヘルニアに罹患した。MRI撮影してもらい、L5-S1 にはみ出したところが確認できたのだが、医師から「手術してもしなくても、あまり変わらない」と説明を受け、神経ブロック(2回)だけで、現在に至っている。

結局、洋の東西を問わず、医療がビジネスになると、、、ということだろう。両刃の刃だ。報酬というインセンテイブで競争させれば医療技術の進歩は得られるけれど、無益な医療も同時に横行する。。。。。(「手術してもしなくても、あまり変わらない」という結果を得る為には手術が必要だったから、過去の例は無駄ではないが)


誰が見ても、両者は不可分だ。(共産圏では可能)

あとは、受ける側の人生の哲学っていうか、、、、ファストライフを是とするか、スローライフを是とするかの人生観だけである。科学の進歩を是とするかどうか・・・・にも繋がる。金儲けの“カモ”にされる事を、良い医療を受けるための“必要悪”だと考えるかどうか、と言い換えてもよい。気づいてない(実態を知らない)なら、知らぬが仏。


政府が、健康診断に関するエビデンスを得ることに積極的ではない、いや、なおざりにしている現状に対する答えとして、私が考える唯一、腑に落ちる理由は“経済効果”だ。

医療に“合理性”を持ち込むと、税収が落ち込む。失業者が溢れる。だから、健康診断に必然性があるのかどうかを調べようとしない。なにも、医療だけではない。無駄で成り立っている国だから。。。。行政刷新会議をみれば歴然。随分と高額な“潤滑油”がかなり存在する。車で言えば“モチュール”みたい?(小澤征爾 も言っている。「(補助金の受け皿の)財団、国立劇場には音楽が分からない役人がいっぱいいる。それこそ無駄だ」と)

結局、第二次大戦後、枢軸三国の歩み方の違い、特に、イタリアと日本の違いに喩えるとわかりやすいと、最近、思うようになった。日本は大量に作って大量に消費する事を是として、これを医療にも持ち込んだのである。

そして、私は、イタリアに憧れている。スローなライフと人生観。

早すぎるMRI撮影が関連

〔米カリフォルニア州スタンフォード〕スタンフォード大学のLaurence Baker教授らは、MRI装置の普及率が平均より高い地域で腰痛患者が治療を受けると、手術を受ける確率が通常より高くなるとHealth Affairs(2009; 28: 1133-1140)に発表した。腰痛に関しては、既に手術率の上昇が患者の転帰の改善につながらないことが明らかにされていることから、今回の報告は患者にとっては悪いニュースと考えられる。


検査や手術の増加でコスト増

 米国では、腰痛は医師の診察を受ける理由として5番目に多く、成人の26.4%が2002年の3か月間に1日以上の腰痛を報告している。腰痛の80%超は腰部挫傷や腰部捻挫、退行性椎間板変性症、脊椎不安定症などを含む非特異的腰痛と診断されている。

 MRIの施行により身体の内部構造が視覚化され、その情報をもとに医師らは腰痛に特異的な原因をいくつか除外できる。しかし、Baker教授らは「MRIで腰痛とは無関係な異常が検出されることもあり、患者にとって必ずしも必要ではない手術が行われる可能性がある」と見ている。

 このような懸念が指摘されているなか、2000~05年に、米国内のMRI普及率は100万人当たり7.6台から26.6台へと3倍超上昇した。MRI装置の価格は1台200万ドルを超え、1回の腰部検査には1,500ドルの費用がかかる。同教授らは「検査率と手術率の上昇は、腰痛治療コストを引き上げている」と指摘している。

 同教授らはMRI技術が患者の治療に及ぼす影響を検証するために、1998~2005年に非特異的腰痛の治療を受けた既存のメディケア患者に関するデータを収集した。患者のデータを地域のMRI設置台数に応じて分類し、さらに地域をMRI普及率の高さに応じて4群に分け、各群におけるMRI検査の実施率と手術実施率を求めた。

 その結果、MRI装置の普及数が多い地域では、新たな腰痛患者に対してMRI検査を実施する率が高いことが明らかになった。さらに、MRIの利用率が高いと腰部手術率も高かった。

MRI普及率が過剰医療や質に影響

 また、腰痛を新規に発症した全メディケア患者がMRIの普及率の最も低い地域に居住していたならば、2004年の腰部MRI実施率は5.4%低く、また腰部手術の実施率は9%低かったであろうとも推定された。

 MRI普及率の上昇が寄与したと考えられるMRI検査のうちの3分の2は、腰痛発症から最初の1か月以内に実施された。しかし、実際は4週間のうちにほとんどの腰痛患者で自然軽快が認められるため、臨床ガイドラインでは、腰痛発症後4週間までMRIの使用を遅らせるよう推奨している。Baker教授らは「MRI普及率の高い地域の患者はMRIの受検者数が多いだけでなく、検査のタイミングも早すぎる」と述べている。

 同教授らは「手術から恩恵が得られる患者は少なく、手術増加の流れは心配だ」と述べ、「政策立案者は医療施設のインフラ整備の重要性と、地域におけるMRI装置数が患者の受ける医療の質や過剰医療として影響を及ぼしうることのバランスを認識することが重要だ」と述べている。

 MRIのようなハイテク医療機器の使用に際して、医師や患者は困難な決断を迫られる。同教授らは「高度な医療技術を活用するに当たって、無駄な検査や、患者の健康をかえって害することがないように注意しながら、新技術の恩恵を得られるよう工夫することが大きな課題である」と指摘している。

 ミシガン大学(ミシガン州アナーバー)のJohn Birkmeyer教授は、今回の研究について、MRI技術へのアクセスの増加が腰部手術を増やすと言われてきた懸念を確認するものだとし、「結果的に、患者にとって不要な手術の増加、そして国民レベルではコストの上昇をもたらしている」と述べている。


話は変わるが、もう、今年も残り少なくなってきた。2009年、自分が一番『おっおぉ~~~~っ』ってなったのは、コレ!(まだ、あるかもしれないけど・・・)
発生:巻貝の巻型を逆転させる

Nature 462, 7274 (Dec 2009)

巻貝の貝殻には右巻と左巻があり、これらは鏡像を重ね合わすことができないキラルな関係にある。

この巻型は単一遺伝子座により遺伝的に決定され、母性遺伝するが、これにかかわる遺伝子自体はまだ同定されていない。

黒田玲子(東京大学およびJST ERATO-SORST)たちは今回、ヨーロッパモノアラガイ(Lymnaea stagnalis)で8細胞期胚の細胞に単純な操作を加えると、成体の巻型を逆転できることを見いだした。

注目されるのは、細胞の配置変化によって、多くの動物種で左右非対称性にかかわる遺伝子nodalの発現が左右逆転したことである。

さらに、巻型を決定する単一あるいは複数の遺伝子と、優性型の割球配置を生み出す第3卵割期のキラルな細胞骨格動態との間に、強い遺伝学的関連性があることも明らかになった。

このような操作しやすい実験系が登場したことで、左右対称性の機構研究が行いやすくなるだろう。


「第3卵割期のキラルな細胞骨格動態との間に、強い遺伝学的関連性がある」って、漠然とそうなんだろうなぁ!って思ってた。私は、第3卵割期よりも前の段階、すなわち、4つに分割された時に、既に、東西南北と上下に、入れ替われない配位があるから、これが、それぞれの細胞で遺伝子の発現が変化する最初だと考えていた。

自分で考えていた事が、実験で確認されると、、、うれしい!

「・・・・・、うん、で?」

「いや、それだけです。ハイ」
「これが、何に利用できるのか、私には、全くわかりません」


いや、コレだけじゃなく、私にとって世の中にはわからないことが多い。例えば、、

どうして、心神喪失者は人を殺しても罪に問われないのか?
どうして、子供が酒やタバコをやってはいけないのか?
どうして、麻薬を使ってはいけないのか?

罪を問う意味が無いとか体を壊すからだとかなんとか、善人ぶった理由は聞いてもショウガナイ。体を壊して死ぬのも本人の自由なんだから、好きにやらせてあげればいいのに。
そして『麻薬や覚せい剤使用者は健康保険使えません』『タバコを吸っている人は、健康保険の自己負担額は5割です』ってすればいい。

「勝手に死ねばぁ?」って、どうして言っちゃいけないのだろう?

そうすりゃ、増税がどうのこうのなんて、ちまちました文句もいわれないで済む、高校球児が酒飲んだって、ダルビッシュに庇ってもらわなくても済む。

そして、最近、特にわからなくなってきたのはコレ。民主党が、国債を乱発しようとしていること。

誰か、教えて欲しいのだが、国債を発行しまくり、国民への借金を増やして、、、、で、一体、将来どうなるの??

将来、返済を迫ることがあるの?国が国民に?

返さなくていい借金なら、どんどんすればいいんじゃないの?

でも、本能的に「ヤバイ」って感じてるんだよね?亀井大臣が「ケチな事、言わねぇでばら撒け」って言ってるのに、嫌悪するんだから。

「えっ?生理的な嫌悪??」(爆笑)

本能的に「ヤバイ」って感じる事は、、、、やらない方が良いに決まっている。一時の快楽の為にって意味でも、国債と麻薬は似てるんじゃない??


その昔、アルプスを越えたハンニバルは、兵士たちに「焚き火で温めた体に油を塗っておけ」と命じた。

温めた体に油を塗ってどうなるのか、私にはわからないが、疑問を呈する兵士はいなかった。最後にはスキピオ・アフリカヌスに負けるにしても、それまでは連戦連勝。兵士のモチベーションは高かった(らしい)。(この時、ハンニバルが兵士を鼓舞する為に取った演説と行動は、ズゴイ!の一語に尽きる。ローマ側執政官の綺麗事な演説とは対照的だ)


戦後、朝日新聞を頭に、自虐的歴史観を背景に“反省しまくる”ことがカッコイイみたいな価値観が生まれた。労働者の中でもインテリ層に多かった。このハンニバルに言われた「油を塗れ」に逆らって「アルコールで脱脂」するような行為が、カッコイイと思われたのだ。

この場合、労働者ってのは、賃金で雇われたサラリーマンのことで、自営業や農業などの第一次産業従事者の事じゃないのだが、何故か、労働者と十把一絡げでいうことが多い。恣意がみえる。

それはいいとして、この反保守の人達は、保守あっての反保守なのに、それを自覚できていなかったみたいだ。最後に責任を取る“誰か”がいることが前提で、なんだのかんだのと“正論(だと思っている)”をぶちまけていた。まるで、子供みたいだが、当人たちは自覚はない。ロマンチストと言い換えても良い。


20090911_intelligence_2そして、ついに、最近、歴史的な政権交代が実現し、インテリ労働者の代表者たちが政府になった。

かれらは、インテリ労働者同様、自分で自分のケツを拭く事を知らない。駄々っ子のように持論を展開しても、最後には、誰かが「まぁまぁ」とやって、落とし所を見つけてくれると思っている。

現実は、オバマ米大統領のように、『平和の為には戦争もあり』なのだが、お子ちゃまでロマンチストの彼らには、理解不能だろう。(沖縄基地問題や核兵器搭載をばらしちゃった問題などなど、日米関係、最悪のシナリオが待っている?)


結局、労働者の間のインテリ(ゲンチア)ってのは、インテリジェンスのことじゃなく、知識はあっても知恵じゃなかったってことだろう。英語なら「Book Smart;頭でっかち」って事。

その支持を得て政治家になった連中も、行政刷新会議で神の裁きのように予算を切ったのはいいけど、猛反発を食らう。。。。のは、知識すら上っ面のものでしかないからだ。その職域の塩梅を深く知っているわけじゃない。まぁ、科学技術に無知なのは、今回で露呈したわけじゃないし、インテリ労働者に専門家(プロ:スペシャリスト)は少ないからショウガナイのかも。(雇用問題を真剣に考えるなら、金を配るんじゃなくって、自衛隊で雇えばいい。どこの国だって雇用調整に使ってる。それを削るって・・・)

彼らのイデオロギーに“知恵”を感じないのは、その資料(reference)が、朝日新聞の論説や自虐的歴史観の小説や雑誌だからじゃないかな!?


「Book Smart」が支持する政党が政権取ったら、、、、、これだもんねぇ。カッコだけで自虐的歴史観を持っていた人は懲りたんじゃないの?


さっき、お昼のワイドショーでこんなことやってた。。。「冬のボーナスでません。公務員は出たそうですが、うらやましいですね」「公務員の1人勝ちですね」・・・・。

自分で選んだサラリーマン人生なのに、思いどうりにならないと、愚痴が出る。。。

・・・・・カッコ悪いねぇ!自分で自分の身の処し方に責任取れない人って。

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民意優先と公益優先 -- 裁判員「むかつく」報道で思うこと

20091121_republic集団で生活を始めた人類は、国と言う概念を形成していく過程で、公益という概念を獲得した。公益と言うのは、もともと、互恵的利他行動の範疇だ。

その公益を実現する為に、有史以来、色々な政体が現れては消えてきたわけだが、、、

民意優先は、主権在民の国家においては、とにかく、民意が一番でありその結果を公益に反映させるという方法をとる。

公益優先は、主権在民の国家においては、公益こそ第一に優先させるべきで、その為なら、民意の反映は必ずしも必要とは考えない。

日本も二大政党制時代を迎えたわけだが、、、、、

アメリカの場合、二大政党の名称は、オバマの民主党とブッシュのいた共和党だ。どの国でもそうなのだが、政権を取れる政党の名前はわかりにくい。。。。民主党は民意を優先させ、共和党は公益を優先させる政党だ。


では、日本の場合はどうだろう。


民主党は、どうやら民意を優先させる政党のようだ。自民党は、党内で民意優先と公益優先の派閥があるみたいに見える。一般的に、民意優先は性善説の考え方をする人達で、公益優先は性悪説の考えであるといわれている。

民意優先は衆愚政治に陥りやすく、公益優先は強力なリーダーシップが無いと機能しないと言われている。

私は、批判も多いが小泉元首相は彼の政治的ポリシーに則り、きっちりと役割を果たした政治家だと評価しており、近年、彼に勝る首相はいないと思っている。まぁ、それはおいといて。。。


日本では政治が“国民目線”で運営不可能な事は、民主党が政権を取って間もない間に、証明されてしまった。

さらに、裁判員が『むかつく』といった事を『罪を憎んで人を憎まず』と言い直させる“雰囲気”が日本にはある。本音が言えず、本音を言うことが悪とされる、、、、結局、日本人は“腹黒い”民族なのだ。

“他愛もない事”には、堂々と意見を言える人は多い。だが、シビアな場面になると途端に、、、。『むかつく』と言った人は、最後まで、自分の感情を大切にしてもらいたかった。。。。。っていうか、強姦致傷を犯した奴は“脳”で考えて“体”を動かしたのだ。そんな犯罪に『罪を憎んで人を憎まず』みたいな他人事の言葉を選んで良いわけが無い。

已むに已まれず人を殺してしまった場合とは、根本的に違う。

このことわざは被害者が加害者を憎んではいけないというものではなく、裁く立場の者が加害者を憎んではいけないというものだ。孔子の「孔叢子--刑論」が出典だということからもわかるだろう。英語圏というか陪審員制度のある国でも同じ意味の諺があるから、人が人を裁くという時の人間の共通の概念なのだろう。

『Condemn the offense, but pity the offender.』

しかし、巷では、世間一般の人もすべからく『罪を憎んで人を憎まず』の態度をとる事が人道的だみたいに考えている人が、びっくりするくらい多い。

マスコミの報道姿勢が、それを助長しているのだろう。『罪を憎んで人を憎まず』は、言葉に出せば“イイ人”に見えるからね。ブログでも勘違いして恥を曝している人は多い。

裁判員としては、『罪を憎んで人を憎まず』は必要だと思う。強姦が『已むに已まれず』発生する犯罪だと思っている人には、何を言っても始まらないが、このように犯行の背景を考慮する必要が無い場合には、感情で判断することが正しい選択である。生物学的に


と、日本人の国民の人道的な態度が、如何に薄っぺらなのかを明らかにした後、医療政策に対して、一言。

医療政策も政治である。公益にはお金がかかるが、それは手段であってはならない。年金と同じで個人の利害に直接絡む問題であるので、貧富により求めるものが大きく変わる。この事をタブー視せず、議論してもらいたい。

日本では、民意を優先させると、絶対、衆愚政治になる。これだけは断言できる。


p.s.来年の医療法改正が“試金石”になるかもね。私は、処方箋の書式に関するパブリックコメント受付期間内ギリギリに間に合い、意見を述べさせてもらった。ギリギリになった理由は、薬剤師会からの FAX が入ったのが、締切日だったからだ。

私がパブコメの存在を知らなかったのがイケナイとはいえ、締切日に FAX する薬剤師会の意図は、、、、

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インフルエンザワクチンは効果あるのか? 情報ライブ ミヤネ屋の場合・・・

■やわらかドリームジェネレーター

やわらかドリームジェネレーターとは、きびしい現実に直面したとき、瞬時にして夢の世界に逃避する技だ。

たとえば夫婦喧嘩で分が悪い時、大見栄きった後で間違いってわかって引っ込みが付かなくなった時、などなど、非常に有効な技だ。

詳しくは、やわらかアトム“第2話”を見てもらうとして・・・・・

ところで、私は、やわらか戦車が好きである。なんたって、馬名を“やわらか戦車”とした程なんだから。。。。。。あっ、馬、飼ってるわけじゃないよ!ゴルフコンペの馬名だよ。

気にならない人には全く気にならないニュースでも、気になる人は非常に気になるニュースの“インフルエンザ”ネタ。今の“旬”は、新型インフルエンザワクチンだろう。

情報ライブ ミヤネ屋も、しきりに、取り上げている。


「効果があるのか?」なんて、一般ピーポーが気になる見出しで、さんざん引っ張った挙句・・・、なんだか、良くわからない結論でお茶を濁されておしまい。先日、NHKスペシャルでやっていた「素数」の番組みたいに、こられか面白くなるんだろうなって思ったところで、番組終了・・・みたいな、、、、感じ?

番組でコメントさせられた“専門家”は、不思議な事に、日本臨床内科医会会誌 第24巻第2号臨時付録『インフルエンザ診療マニュアル』のデータを引用しないんだよねぇ!

機序(理論的な説明)なんて知りたいのは、こっち(医療従事者)側の人間だけ!一般の人は、そんなことはどうでもいい!(ワクチン)打ったら、病気になるのか、ならないのか?

明確な答えが、『インフルエンザ診療マニュアル』に掲載されている・・・・。

昨シーズン(2008~09)は、ワクチン打った人と打たなかった人で発病した人の数を比べた結果!なんと同じ(打った人の方が、若干、多い)だったと記されている。(p7 図4-1参照)

一般の人だけでなく、実体を知らない医療従事者をも驚愕させるデータが、そこにはあるのだ。(一般ピーポーは、医師から「接種したからと言って100%インフルエンザに罹らずに済むというわけではない」って言われても、80%~90%は効くんだろうって、勝手に思い込んでる。そういう次元の話じゃないんだよねぇ、コレがっ!)


---効きます---


とか、言っちゃった人は、すぐさま、“やわらかドリームジェネレーター”を伝授してもらわねばなるまい!!

さらに、『私たちも、医療従事者だ。新型ワクチンを打たせろ』と叫んだ日本薬剤師会、声をあげた後、誰にも反応してもらえなかったけど、こっちも、相当、はずかしぃ!!(私は、新聞でこの記事を見て、自分が言ったわけではないにもかかわらず顔から火が出そうなほど恥ずかしかった)

彼らにも、“やわらかドリームジェネレーター”を伝授しなきゃならんでしょうなぁ!

私が、日本薬剤師会の広報担当だったら、『我々の分はいいから、リスクの高い人に回してください』って言うよっ!!

大して効果が無いのがわかってて言うんじゃないよっ!だって、新型ワクチンがどれほど効くのかは、シーズンが終わってからじゃないと、答えは出ないんだから。(でも、この部分、言い訳みたいで、かっこ悪いなぁ)

俺にも、“やわらかドリームジェネレーター”が必要かもね!!


ところで、もう、いいかげん、インフルネタには、俺も飽きてきた。今度からは、「高感度CRP測定装置」ネタで、徳光和夫をネチネチとイジメルコトニするかっ!!(嫌な男だねっ!俺も)

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囚人のジレンマ

20091109_electricity擬人化すれば、ヒト以外の生物で“種内の相利共生あるいは操作に当たるもの”なら、互恵的利他行動とみなしても良さそうなものだが、、、専門家には、、、なんかあるのだろう、、、それは、おいといて、、、、

“囚人のジレンマ”という命題をご存知だろか?

『世界から核兵器を廃絶しよう』なんて訴えている人達は、当然、知っているだろうが、この崇高な理念が達成できない“理屈”が、これで語られることが多い。

いや、核問題だけじゃなく、外交や政治にもかかわってる。「人類はみな兄弟」とか言っているロマンチストには、馬の耳に念仏なんだろうけど、、、まさか、民主党の新人国会議員の中にも、知らない輩が混じってたりして?!

「遠くの血縁より、近所の他人」とは、一理有り。遠くにいたんじゃ、膝と膝を突き合わせて話も出来ない。電話やネット会議したって、基本的には、問題は他人事。

自分にとって、明確な利益が保障されなければ、、、、、、、

進化:ヒト以外の動物での互恵行動

Nature 462, 7269 (Nov 2009)

Robert Triversが1971年に互恵行動に関する創意に富み影響力の大きい論文を発表して以来、互恵行動モデルや「囚人のジレンマ」型資源分配ゲームのモデルにより、非血縁個体間の協力を説明する主要な理論的枠組みが整備されてきた。

しかし、自然条件下でヒト以外の動物が資源あるいはサービス(機能提供)を普通に交換する証拠は、ほとんど得られていない。

ReviewではT Clutton-Brockが、ヒト以外の動物の野生個体群にみられる互恵行動の事例を検証している。

互恵行動の証拠は乏しく、一見すると非血縁個体間の協力のようにみえる事例の多くはおそらく、種内の相利共生あるいは操作に当たるものだと結論している。

Review Article p.51


沖縄、米軍基地移設ですったもんだしているが、アメリカのオプションの最後は“撤退”なんだけどなぁ。。。。。撤退されたら、日本も独自の核開発は避けられないし、憲法第9条の議論している暇もなくなっちゃうよ。

誰かさん達の沽券に関わる問題だったのか、今までシラばっくれてたみたいだけどけど、日本が平和でいられるのはアメリカの庇護の下にある事を、インテリ庶民にも周知徹底しなきゃならないなぁ。

「期限を設けないで・・・」なんてのは、日本語にしか無い表現だぞっ!

また、使用済み核燃料の処理を外国(フランス、イギリス)に頼まなくてもいいように、プルサーマルは計画されている。茨城県東海村や青森県六ヶ所村に再処理施設があるけど、焼け石に水だから。

だけど、フランスまで運んだり、持って帰ってくる時の無防備さは、あまり、知られてない。プルトニウムは兵器利用にはもってこいだ。こんな荷物を積んでるのに、自衛隊が警護せず丸腰で海上を移動する(海上保安庁の警護は付くらしいけど)のは日本だけなのだが、そんな事には、お構いなしに、別な理由の反対運動は“発生”する。健康被害とか・・・。


原子力発電、簡単な話、庶民が電気を使わなければ、問題は解決する。反対する連中は原子力に代わる現実的な代替案を出さなきゃ。

暑い夏場は、冷房禁止。一石二鳥でインフルエンザも流行しない。

冬は、暖房禁止、さっさと布団に入って寝る。

立法化して、罰を儲ける。もしくは、冷暖房税をメチャクチャ高く設定する。

当然、経済は沈滞する。だけど、炭酸ガス排出抑制の目標は楽々クリアできる。

そうすりゃ、アメリカ第7艦隊が撤退しても日本の魅力は半減してるから、北朝鮮、ロシア、中国に狙われることも無い。もっとも、ロシアは日露戦争の屈辱を晴らす為、海路への拠点欲しさに、日本に進軍してくるかもしれないが、そしたら、日本は、クリミア戦争で煮え湯を飲まされた中東の人達と仲良くすりゃいい。あっちは、あのフセインでさえ“親日”だったんだから、近所の“反日”よりゃ、マシってもんだ。


日露戦争といえば『坂の上の雲』だが、一般大衆の間では、この小説により野木希典の評価は一変したと言う事だ。乃木大将の評価は現代の我々の生活には無関係なので、私にとってはどうでもいい事だが、大衆心理に与える影響を医療における印象操作と対比すると、面白いことが見えてくる。

「旅順攻囲戦」を戦闘における指揮官の能力を知るための壮大な実験としてみれば、エンドポイントは、戦闘の結果(勝ち負け)と戦死者の数、作戦に要した費用と日数で統計的に見ることが出来るだろう。(※1)

すなわち、少ない投資で最大の結果を得ることが“効率の良い勝利=優れた戦術=有能な指揮官”と言えるからだ。

それには、まず、「戦術」という介入がどれほど“効率”を引き上げたら、戦術効果ありと判断するのか、実験する前に示しておかねばならない。また、「戦争資金の額」「銃弾、爆薬の量」によるバイアスを考慮し、戦術と戦死との関連は、単なる関連性か、因果関係によるか、交絡因子を介するものかを示す必要がある。さらに、サブグループ解析により、「兵士の年齢」「兵士の体力」「兵士のモチベーション」の“効率”を階層別に明らかにする必要がある。


と、医療を統計学で“切る”ための思考ロジックのアナロジーとして示してみたが、、、、

野木希典を“無能”と断定する人達に、『この方法で証明してみてよ!』と言ったところで、返答は期待できない。。。。というか、無理なのは、よほどの馬鹿でもない限り、わかることだ。

戦死者数ひとつとっても、この時代の陸軍の食事内容から脚気による死亡が相当数合あったことは事実であるし、コレだけの人数が群集していれば感染症も否定できない。兵士の活動指数に影響を与えるが、的確に判断できる感染症の専門軍医がいなかった為、記録も残っていない。

ようするに『野木希典を“無能”』とする為(思想的?※2)、その仮説を補強する事実が寄せ集められ、表に出されたという可能性もあるわけだ。

一体、『野木希典は“無能”』の“p値”はどれほどになるのだろう?

多分、0.5 くらいだろなぁ!(爆笑)


さて、なんでこんな喩え話をしたのかと言うと、現代においても、ある権限を持つ関係者も同様の事をしているからだ。意図は、私には良くわからないが、、、

それは、(がんに限らず)検診にランダム化比較試験を行うことを“毛嫌い”しているところだ。結局、『野木希典を“無能”』と同様の“印象操作”を行うことで、検診には意義があるということをコンセンサスにしておきたいらしい。

さらには、一般大衆が統計学に疎い事をいいことに、ととんでもない“エビデンス”を根拠にして、大量に病人を製造し、大量に薬を消費させている。。。。そもそも統計学を医療に適用するのは、ヒトという種に対しては有効なのは間違いないが、患者個人に対しては、疑問符だらけにもかかわらず、、、、


これは、誰にとって、“利益”があるのだろう・・・・・か?

それとも、“囚人のジレンマ”のひとつなのだろうか?


※1:戦争に負けたら『良い戦術』とは言わないから、戦争に勝つ事が大前提となる。しかし、勝っても驕ることなく、反省点を探す・・・みたいな、ある意味、ペシミスティックな洞察は“賢く見える”こともあり、そんなところから乃木無能論なんて“妙”なものの見方が出現したのかも知れない。妙というのは、本来、二国間の問題は政治的に解決するのが“良い戦い方”であり、戦争に突入した場合、良いも悪いも無い。その指揮官の戦術に“有能・無能”などと評価をするのは、当事者である軍内部ですることであって、庶民にとっての意味は、軍神と崇められた偉人をこきおろす快感くらいなもんだろう。こんな事を考えるヤツは、戦争に“良い戦争と悪い戦争”があるって思っているからに違いない。(必要な戦争と不必要な戦争はあると思うけど)

現代の小泉叩きに通ずるところがあるなぁ・・・ムフフっ!


※2:小説家の場合は小説を面白くする目的がある。インテリ大衆の場合は、Wikipedia で乃木無能論の主な根拠を見ても科学的ではないから、神のように扱われていた事に対する反動とみるのがいいのかも。反戦論者や左翼の人達は、軍国主義、国粋主義とか関心がありそうだからなぁ。。。。

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押尾学事件、感情的に判断して何故悪い?

20091104_mdmaはじめに、アレルギー体質は転写因子「Mina」の遺伝子が原因だっという発見。

これは、抗原暴露があった時、その“現場”に、IL-4 が多く出ちゃう事を説明できるものだ。

初回に、抗原提示細胞から、抗原の提示を受けて・・・・・って所で、今までは、抗原提示細胞そのもの、つまりB細胞から提示を受けるのか、マクロファージから受けるのか、樹状細胞の性質なども考慮に入れて、、、、受ける側のT細胞もリンパ節で他の抗原を受けているT細胞がいたりしたら、そのサイトカインの影響を受けたり、、、、、と、かなり曖昧に説明されてきた箇所が、T細胞の「Mina」で、、、、全てではないにせよ、説明できるようになったって事だ。

これは、解釈の仕方によっては、アレルギーの“場の雰囲気”の影響を過小評価させる方向に進みそうだが、腸内細菌を介してのアレルギーコントロールなどもマウスでは見られるので、一方的には進まないだろう。

“場の雰囲気”ってのは、実験的には、花粉を暴露して IL-12 を同時に投与するような場合の、IL-12 存在量のこと。人為的にせよ、自然の流れにせよ、初期のサイトカインである IL-12 がその反応の場にあれば、細胞性免疫に向かうのだからね。

人間で、「Mina」が、どれ位の割合で免疫現象に影響しているのか、はたまた、さらに「Mina」の影響を制御する因子があるのかなどなど、、、、興味は尽きない。


が、臨床的には、100%の制御はかえって悪そう。ほどほどの適当な制御がいいんだろうなぁ。。。システムとして機能しているものが対象の場合にはね。

 理研免疫・アレルギー科学総合研究センター シグナル・ネットワーク研究チームの久保允人(まさと)チームリーダー、米国セント・ジュード小児研究病院のマーク・ビックス准教授らの研究グループが、アレルギー体質を決めるのは転写因子「Mina(ミーナ)」の遺伝子であり、そのSNPs(スニップス)がアレルギーの発症にかかわっていることを明らかにした。

 これまで、アレルギー体質には遺伝的要因が関係していると推測されていたが、その遺伝子やメカニズムは謎のままだった。今回、研究グループは、アレルギー発症の原因となる「インターロイキン-4(IL-4)」の産生に関連する遺伝子がゲノム上のどこに位置しているかを調べ、16番染色体上の領域に存在することを明らかにした。そして、この領域に存在する30個の遺伝子に注目し、アレルギー体質のマウスとアレルギー体質でないマウスを比較した。その結果、アレルギー体質でないマウスのT細胞(免疫応答に関与するリンパ球の一種)にはMinaが多く存在するのに対し、アレルギー体質のマウスでは少ないことを突き止めた。また、Mina遺伝子の塩基配列を、アレルギー体質のマウスとアレルギー体質でないマウスとで比較したところ、Mina遺伝子上に多数のSNPsが存在し、これがアレルギー体質を左右していることも明らかにした。

 さらに研究グループはMinaの働きを調べ、MinaがIL-4 の遺伝子に結合し、T細胞内でIL-4の産生を抑制することを解明した。人為的にMinaの発現を増加させたマウスでは、T細胞でIL-4の産生が低下したのに対し、Minaの発現を減少させたマウスのT細胞では、IL-4の産生が上昇した。これは、Minaがアレルギー体質を制御することを示している。

 今回のマウスの研究結果から、ヒトでもMina遺伝子のSNPsがアレルギーに「なりやすい」「なりにくい」といった体質の違いを生み出しているものと推察される。今後この研究が進むことにより、個人個人に合ったアレルギーの投薬治療などへつながると期待される。


だから、ほどほどが良いのは、何も、免疫系の制御だけじゃない。

血液サラサラ、、、ダイエット、、、抗酸化物質、、、納豆、、、コレステロール、、、おっと、脱線。。。


話は変わるが『チーム・バチスタの栄光』の海堂尊氏は、氏のブログで捜査関係者の思考法が明治維新直後に策定された刑法の考え方のまま、旧態依然であると痛烈に批判している。

科学的推測論法を無視した“直接の因果関係”を求める続ける姿勢に対してである。

氏によれば、押尾学事件で亡くなった女性の司法解剖結果、すなわち『原因不明』が、全く生かされていないと。

30代の女性と言えども、「脳出血や心筋梗塞」というような疾患であれば、突然死もあり得るわけだが、司法解剖は、その点をも“無し”としたわけである。

ならば、その前に“やってた”事が“死亡と関係あり”とするのが、“普通”じゃないのか?シロウトでも、わかることだ!と、これを科学的推測論法だと言っている。

さらに氏が指摘するのは、捜査関係者の根底にある心理が“直接の因果関係”を厳密に証明することが、容疑者の人権を守る事に繋がるという認識だ。それが、過剰な犯罪者の人権保護に繋がっていると。


海堂尊氏の指摘する『それが、過剰な犯罪者の人権保護に繋がっている』という部分に、“激しく同意”してしまった私も、“やってた事が死亡と関係あり”に決まってんジャン・・・と感じてしまう。。。。


だが、これは、別なシーンを想定すると、疑問符を付けざるを得ない。。。

とある夫婦、夫の常備薬は妻の管理。いつものように『じゃ、コレ、今朝の分ね』と妻に手渡された薬を服用後、出勤の準備をしていた夫は、突然、倒れ・・・・・・・。解剖の結果、死因不明。従って急性心不全となった。

死因不明なんだから、妻が飲ませた薬が原因じゃないのか?

いや、いつも飲んでいる薬なんだから、それはありえない!

じゃ、3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン (3,4-methylenedioxymethamphetamine) 略称 MDMA、別名 エクスタシー(EcstasyまたはXTC)の場合は、いつも服用していて、死にゃしないのに、この時だけは因果関係ありなのか?

・・・・・・と。

このように、考えると、科学的には押尾学が飲ませた薬が原因と断定してよいものなのか、自信がなくなってくる。(上記のように、アレルギーの体質すら、科学的には曖昧模糊としてるんですぜ!)

MDMA が臨床試験を経ているとは考えられないが、心室性不整脈など致命的な副作用が高率で発生するなら、そもそも、(一部の)大衆に安易に広がっているはずが無い。

MDMA を服用し SEX に興じることが日常的になっており、その際に、死亡する事がほとんど無かったのなら、押尾学事件で、薬との因果関係ありとするのは、死因不明だからと言って、飛躍しすぎではないだろうか??(って考え方も、科学的推測論法になるよね)


しかし、そうは言っても、押尾学と彼の行為は、極めて“黒”いと感じる。

この黒いと感じる原因は、押尾学に対する“妬み”や日頃の鬱憤晴らしの可能性がある。男としては、あんな淫らな行為をしてみたい願望。それを抑制しなければならない自分、女にモテない自分、律儀に社会のモラルを守っている自分と、奔放な押尾学の行為とを比べてしまって・・・・・『あんなヤツ、地獄に落ちればいい』と。

でも、世間じゃ、法的な裁定を下す時には、感情的じゃイカンとなっている。

何故、感情的なのが悪いのか?

私は、悪くないどころか、それが集団で生活を共にする為の知恵だと思っている。

そして、このような判断は、概ね、正しい。進化論的に“憎悪”の感情が保存されてきたのは、それが生存環境に適応的だからだ。互恵的利他行動を取らない“ズルイ”ヤツを発見する能力も含めて。

ただし、他人に刷り込まれた印象による感情を、自分の感情だと勘違いしている人が多いので、別な問題もあるのだが。

日本人の場合、自分の意見を持たない民族だから・・・・。


ちょっと、脱線するが、「菊と刀」の著者で、アメリカの民俗学者 ルース・ベネディクト が1945年太平洋戦争終結の直前にペンタゴンから日本の占領政策について意見を求められ、「日本人は単独では思想を持ち得ない民族。天皇制存続を保証すれば、占領政策はうまくいく」と回答したそうだ。この分析が適切であった事は歴史が証明済みだ。見事に日本人の性質を言い当てている。

この我々日本民族のDNA上に刻み込まれている(この表現はメタファーです)性質は、感情が沸き起こらない自分を卑下してしまう事にも、起因するんだと思う。だから“雰囲気”に流されやすい。場の雰囲気に流されやすいのは、免疫現象に似ているから、生物の本質かも知れない。(『そう?俺は何も感じないけど??』って言えない。何も感じない=馬鹿だって思われたくないからかなぁ??そもそも、自分に自信が無い?だとしたら教育の問題?「空気読めない KY 」なんて言葉が流行るくらいだから、教育の可能性大?)


『押尾学めぇ、1人で、イイ思いしやがってよぉ~』と言われて、『うん、そりゃそうだ!!』と俺も頭にきたよぉ~~~~って。さらに、集団内で、価値観が対立すると、仲間はずれにされる、そっちの恐怖の方が重要だと判断するのか、感情を装う事すらありえる。装っているうちに、、、自分の中から沸き起こった感情だと勘違いする・・・・。

まぁ、法的判断に感情が入る事を嫌うのも、“ほどほどに”って事でまとめるけど、裏返せば、社会的な問題を解決するのに科学は万能じゃないって事。

良い例が、医療。。。。あっ、医療はサイエンスだとは思ってないけど、大衆はそう思っているって事。

ただ、それならば、外交だって、感情的でイイジャン。お前は以前『外交は、極力、感情を廃せ』って言ってたけど、逆の事言ってるジャン!と指摘したい人もいるかも知れない。

でも、この感情に従って、ルールを守らない奴に罰を下す、互恵的利他行動が出来ない固体を村八分にする行為は、価値観が、ほぼ、同じで、肌を接するくらい物理的に近くで生活している集団内で適応できるものだ。

価値観が違う、たとえば、宗教的な信仰や“聖戦”“殉職”を理解できないなら、感情的な解決法は無益しかないだろう。(ギリシャ神話のゼウス的に言えば、人減らしに役立つけど)

それに、進化的な時間で眺めれば、1000km、2000km、5000km と離れた人達とコミュニケーションを取るようになったのは、つい、最近のことだ。だから、外交と感情は、ホントは、なんとも言えないんだけど、浅い歴史(有史)を眺めてみても、戦争が絶えないからねぇ・・・。必然の部分が多いにしても・・・。(ギリシャ神話のゼウス的に言えば、人減らしに役立つのは、生物学的にも意味があるよなぁ。地球は人口過剰だもん。神話の頃から人口が多いって認識があったんだから、間違いないっ!だから、逆に、戦争を肯定するなら感情的でいいんだけどね。結局、それは顔見知りの間では利益であるし、見ず知らずの遠い所に住む人と仲良くする必要ないんだから)


閑話休題。海堂尊氏は、司法解剖で原因不明ならば、“やってた”事が“死亡と関係あり”とするのが、科学的推測論法だと言っているのだが、これを科学的と言っちゃイケナイと思う。しかし、押尾学と彼の行為を『極めて黒い』とする事には、大賛成だ。

法的な判断に、市民感情を反映させることが、社会生活に安寧をもたらす事になるのだから。裁判員は“科学的”なんて言葉に惑わされないで、自分の感じたままに判断すればよい(と思っている)。


なんで、こんな事になるのかといえば、世の中、科学的と言う言葉を安易に使いすぎって事なんだよね。

科学の分野では「ディタッチメント」(detachment)という言葉がある。脳科学者の茂木健一郎氏は、、、、
『科学的世界観とは、理想的には、あたかも「神の視点」に立ったかのように、自らの立場を離れて世界を見ることによって成り立っています。そのことを、科学者たちは、「ディタッチメント」(detachment)をもって対象を観察する、と表現します。「ディタッチメント」は、もともとイギリスの経験主義科学を特徴付ける言葉であり、日本語に直せば、「認知的距離」とでも訳せるでしょうか。』
、、、、と。

科学的という言葉の信頼性が揺るがないようにする、科学者の良心とでも言えば良いのだろう。

科学的と言葉を使うからには、人間も残酷にならなければイケナイ。裁判を科学的にしたいなら、その根拠となる医学に『倫理的』などという言葉を持ち込まず、『30代の女性の突然死するリスクが、MDMA 服用後の SEX により有意に上昇する』という仮説を証明する実験をしなくっちゃ!

それが出来ないんだから、感情で判断すべし・・・・だっ!押尾学を“黒”にするのに、科学的なんて言葉は必要なし!感情で十分だろ?薬と死亡の因果関係が無くたって、そもそも、持ってちゃいけない薬を使って、SEXで“イイ気持ち”になったツケだよ!!でイイんじゃない?

突然死が“偶然のとばっちり”だったとしても、自業自得だし、死んでしまった女性の身内も含めて、社会が溜飲を下げる結論だろ!

これが、庶民の為の法律なんじゃないのか?(でも、これって、魔女裁判と同じだっていう奴いるだろうなぁ・・・・)

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学校保健安全法

20091027_altruism娘の学年が先週の水曜日から閉鎖になっていた。インフルエンザにより。

お知らせには、学年閉鎖中の過ごし方がかいてある。「なるべく、そとにはいかないようにしよう」って。。。。

副詞によって頻度を表す場合には、「まれに(0.1%未満)」、「ときに(5%以下)」が常識の職業柄、このような“表現”を安易に使われると気になってしょうがない・・・が、まぁ、それはいいとして。


休み中の宿題も、たっぷりと出されていた・・・・・・。

それを、昨夜、娘と一緒にやるハメになった・・・・・・。


---ハァ、インフルエンザ、ウラメシヤ---


これが本日のエントリーのモチベーション。

というわけで、インフルエンザに罹患した場合、学級や学年、学校を閉鎖する根拠は如何に?と、調べていたら、凄い事を発見してしまった。

知っている人には、なんでもないことだけど、知らなかった私は、開いた口が塞がらなかった。。。。


“学校保健安全法”という法律がある。その中に児童・生徒が感染症に罹患した場合の対処の方法が書いてある。

【第四節 感染症の予防】

(出席停止)
第十九条  校長は、感染症にかかつており、かかつている疑いがあり、又はかかるおそれのある児童生徒等があるときは、政令で定めるところにより、出席を停止させることができる。

(臨時休業)
第二十条  学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部又は一部の休業を行うことができる。


で、上の第19条の“感染症”の区分だが、、、、
【学校感染症】

学校は集団生活を行う場であるので、感染症を起こした児童は出席停止にし、他の児童に感染を起こさないように管理することが求められている。そこで、学校保健安全法施行規則では、学校において予防すべき対象となる感染症(学校感染症)が指定されている。

■第一種
感染症法の第1類、第2類の疾患(結核を除く)が相当する。治癒するまで出席停止である。

■第二種
飛沫感染をするため、学校において流行する可能性が高い感染症である。出席停止の基準が感染性が認められなくなるまでという基準であるため、疾患によって基準が異なってくる。これらの基準は疾患が治癒したとは同義ではない。

インフルエンザ:解熱後2日間経過するまで。
百日咳:特有の咳が消失するまで。
麻疹:解熱後3日間経過するまで。
流行性耳下腺炎:耳下腺の腫脹が消失するまで。
風疹:発疹の消失まで。
水痘:全ての発疹が痂皮化するまで。
咽頭結膜炎:主要症状消退後2日経過するまで。
結核:医師によって感染の恐れがないと認められるまで。

■第三種
飛沫感染はしないものの、集団生活においては流行を広げる可能性が高い感染症である。全ての疾患において医師が感染の恐れがないと認めるまで出席停止となる。腸管出血性大腸菌感染症、流行性角結膜炎、急性出血性結膜炎などが該当する。
なお、学校感染症第1種はあくまで感染症法1類、2類であるので、感染症法19条、20条、および26条によって、都道府県知事の入院勧告、措置の対象となる。入院をしなければならないので、当然学校も出席停止となる。


ふぅ~ん、色々とグレードがあるのねっ!

で、学校感染症での第一種ってのは、、、感染症法の第1類、第2類の疾患ってことだから、、、

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律

◆第6条 この法律において「感染症」とは、一類感染症、二類感染症、三類感染症、四類感染症、指定感染症及び新感染症をいう。

 2  この法律において「一類感染症」とは、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト、マールブルグ病及びラッサ熱をいう。
 3  この法律において「二類感染症」とは、急性灰白髄炎、コレラ、細菌性赤痢、ジフテリア、腸チフス及びパラチフスをいう。

・・・・・・・・・・・・

えっ???さっき、新型インフルエンザは“第一種”に相当するって、ネットで見かけたぞぉ!!!

ってことは、、、、新型インフルエンザは、、、、

ななななな、なんと、、、、、

・エボラ出血熱
・クリミア・コンゴ出血熱
・ペスト
・マールブルグ病及びラッサ熱
・急性灰白髄炎
・コレラ
・細菌性赤痢
・ジフテリア
・腸チフス及びパラチフス

と、同じ扱いだったのかぁ!?!?


---あんぐり---


新型インフルエンザって、エボラ出血熱と同じ。。。。。。


これ、すでに、私の脳細胞のイオンチャネルに Na や K が行き来する次元を超えてしまっている。感情が沸かない、喜びも、悲しみも、怒りも、驚きも、、、全ての感情が喚起されない・・・・・・。


いや、エボラ出血熱なら『感染を拡大しない為』って趣旨は、よく、わかるんだよ!!インフルエンザにしたって、諸事情を斟酌した後、学級、学年、学校閉鎖になるって言うんなら、『感染を拡大しない為』って趣旨は、よく、わかるんだよ!!


ところで、鳩山首相が所信表明演説を行い「友愛政治実現」を訴えたそうだが、いたるところで、非難轟々なのは、ちょっとかわいそう。“友愛”は言ってみれば“互恵的利他行動”に他ならない。。。。が、、、

私が、今朝、“学校では新型インフルはエボラ出血熱と同じ扱い”ってのを知ったサイトの執筆者は、学校を休んで他人に感染を広げない行動を“友愛”とみなして、鳩山首相に、「国民のみなさん、友愛の気持ちをもって『新型インフルエンザ』の感染拡大を防止しようじゃありませんか!」と言って欲しいなんて書いていた。

でも、“友愛”が“互恵的利他行動”に見なせるとは言っても、感染を広げない行為に用いると、なんか、違和感を感じる。。。。日本以外の国では、インフルエンザごときで学校は閉鎖できないわけで、学校を閉鎖する事を“友愛”にしちっゃたんじゃ、諸外国の連中は、鬼のごとき奴等って事になっちゃうジャン!

言葉が“優しすぎる”っていうか、見返りを求めず他人に優しくみたいな、なんか“怪しい”響きがあるんだよねぇ。。。。(医療行為に慈愛とか慈善を求めると、きな臭くなるのと似ている。歴史上に突如として出現する偉人たちの行動を全ての医療人に求められても・・・ねぇ?)

イエスだって、磔刑に処される(利他行動)前日にも(ゲッセマネの園にて)、さらには直前にも、『俺に、何か良い事、利益はないのか?』と悩み叫んでいる。(こんな言い方はしてないけど)でも、イエスの場合は、見返りのない、究極の利他行動をとったから、神になれた。

普通の人間は、生物なんだから、最終的には、自分の為に行動するのが当たり前で、それを前面に出した方が、楽になれるし、現実的だと思うんだけどなぁ。ドメステッィクに“いい子ちゃん”でいられても、グローバルに見れば化けの皮が剥がれる・・・。


いや、でも、ほんと、鳩山首相を庇うわけじゃないけれど、首相が支離滅裂にならざるを得ないのは、連立が原因で、連立しなきゃならないのは、参議院で過半数に満たないからなんだから、世論は、『俺たちは、民主党は選んだけど、社民党や国民新党は選んでない』って、声を大にすべきだよね。

そこが、根っこなんだから。

・・・・・・・ということは、鳩山政権は根っこが腐ってるってことかぁ!

クールに表現すれば、「キャスティング・ボートを握っているのが、亀井、福島両氏」という事になるんだろうけど、私には、やっぱり、「根っこが腐ってる」の方が似合ってるみたい。

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日本人は地球上で最も進化した人種?

20091016_evolution加糖飲料への課税が、アメリカで検討されている。

厭世的にみるならば、日本じゃ、こんな制度の導入は、間違っても無理だと思う。

私の経験した範囲での具体例は角が立つので言えないが、日本人は民主主義を履き違えているという事だ。決まる前のみならず、決まった後でも、ごちゃごちゃ言えば道理が引っ込む。

民主党の若手議員は『政治の怠慢だ』と鼻息を荒くしていたが、彼らは、決して、嫌われ者、憎まれる者になる覚悟はないだろう。。。。背中を刺される覚悟で、職務を全うして欲しいものである。(前原大臣を見習え!)

政治家に“イイ人”なんていらないんだよ!


というわけで、NEJM Volume 361:1599-1605 October 15, 2009 Number 16 に掲載されている『The Public Health and Economic Benefits of Taxing Sugar-Sweetened Beverages』によると、、、、

課税は、、、
1.これらの飲料の摂取機会を減らす事
2.それによりヘルスケアの費用を下げること
の目的を達成する為の手段としては、その効果は余りにも小さいけれど、税収入が健康と関連しているプログラムのために、政府が健康 programs のために使用できる収入の手段としては有用である。

そして、連邦政府、いくつかの州および都市および一部の国(例えば、Mexico)は砂糖飲料の税を徴収することを検討している。

課税が、飲料の摂取機会を減らす事やヘルスケアの費用を下げることに寄与しないというのは、“謙遜?”なのか?

タバコへの課税を見れば、効果はある程度、見込めると思うんだけど。。。。(もしかしたら、論文には書いてあるのかもしれないが、私的な英語力の問題もあるため、じっくり読んでないので、頓珍漢だったら、ご容赦くだされ!!)


話はかわるが、、、、、

、、、、、恥ずかしながら、つい最近、知ったのだが、日本人の水疱瘡やおたふくかぜのワクチン接種率は30%なのだそうだ。

これは、第一三共がアクトヒブを発売するに当たって、この接種率を念頭に生産体制を整えたというところから知ったのだが、アクトヒブに関しては、見込みを大幅に上回る需要があり、大衆の意識に変化が現れ始めていると見ることも出来る。

大衆の意識と言う面からは、抗生物質への依存、、、というより、神話も翳りが見え始めているという。

大変、喜ばしい事だ。

上気道感染症で、『念のため』と処方されていた抗生物質にほとんど意味が無いことが、現場の小児科医にも浸透してきたのだと、よしだ小児科クリニックの吉田均医師が業界新聞のインタビュー記事で述べている。

髄膜炎菌に対する経口抗生物質は効果が無いのはわかっていても、その予後の悪さから訴訟リスクが高い為、かぜ患者に紛れ込む細菌性髄膜炎患者の見落としが無いようにと経口の抗生物質を多用してきた・・・・と。

外来小児科学会の調査チームによると、ここ5年間で抗生物質の処方は半減しているのだそうだ。


アクトヒブの接種率は100%が望ましいのだが、今後、どこまで伸びるのかは気になるところだ。


・・・・・が、それにしても、水疱瘡やおたふくかぜのワクチン接種率は30%は、低い・・・・。予防接種が嫌いな人がいるのは知っていたけれど、70~80%の人は、受けているものだと、なんの根拠も無く、思い込んでいたのだ。

医療に携わるようになって、20年以上も知らなかった・・・・・。

それに、海外ではとっくの昔に使用が開始されている髄膜炎菌ワクチンと肺炎球菌ワクチン、先進国の中では唯一、日本だけが導入されてない、、ヒブは2008年12月に導入されたが、それにしても、この違いは、何なのだろう・・・・・?????
 
 
 
前回のエントリーで、私は、『とろい車やミニバンは高速道路では引っ込んでろ』みたいな口調で、嫌みったらしく冒頭に書いた。

当然の事なのだが、不快に感じた人もいるだろう!

でも、そのように不快に感じる性質自体が、ワクチン接種率30%に繋がるんじゃないかと思っている。


要するに、ワクチン接種は一義的には自分の為なのだが、回り回っての因果による“自分の為”と見る事も出来る。

だから、ワクチンを接種するのは、利他行動ともみなせるわけだ。

そういえば、利他行動はチンパンジーも見られる・・・・ってニュースでやってたっけ。あれを自分にメリットのない行為って解釈もできるんだろうけど、チンパンジーは自分がジュースの近くにいた時には、ステッキを差し出してもらえるように・・・・と、未来への投資、、、互恵的な利他行動との解釈も出来るはず。まぁ、それはおいといて・・・・


アウトバーンで追い越し車線を遅い車が走っていたら、猛烈にパッシングと警笛を鳴らされるという。ノソノソしていたら、通り過ぎざまに、中指を立てられる事もあるのだとか。

でも、ヨーロッパの人達は、それに目くじらを立てているわけじゃない。日本のように追いかけて刃物で刺すなんて事件は、聞いたことが無いからね。

多分、彼らの気持ちは、こういうことだろう。

現在の自分は遅い車に乗っている。だけど、将来は速い車に乗るだろう。その時、遅い車に前方を塞がれたら、迷惑だ。自分の不利益だ。

相手の立場に立てば、道を譲ってもらったほうが良い。だから、現在の自分は道を譲ろう。(自分がして欲しい事を他の人にしよう・・・・とは、新約聖書に書いてあるイエスの言葉だ)

道を譲るという現在の自分を犠牲にする行為は、将来の自分の利益に繋がる・・・・。
 
 
 
日本人には、この“互恵的な利他行動”が、おもしろいように見られない。

“互恵的な利他行動”は、生物が進化する過程で獲得した能力だ。

カビにすらみられる。

進化:「高尚な」変異株が不正を打破する

Nature 461, 7266 (Oct 2009)

タマホコリカビ類(Dictyostelium)などの社会性アメーバは、繁殖に際して子実体を形成するために、個体どうしが協力する必要がある。

こういう過程では、ほかのどんな社会でもそうだが、代価を負担せずに恩恵を受ける不正な個体が極めて生じやすい。

しかし、不正を働く個体がいつもいい目を見るとはかぎらない。

不正行為は、血縁識別や不正個体の適応度の低さなど、さまざまな機序によって制限されている。

理論的に、不正個体への抵抗性をもつ変異体も発生することが示唆されており、今回キイロタマホコリカビ(D. discoideum)で、不正個体抵抗性系統が分離された。

抵抗性系統は必ずしもほかの系統から搾取するわけではなく、そのため協力が保たれることから、不正個体への抵抗性は「高尚な」戦略のようにみえる。

Letters to Nature p.980


だから洋の東西を問わず、ヒトに普遍的な行動として確認できてよさそうなものなのだけど。。。。


日本人の、利己主義、自分勝手、自己中心的な振る舞い、モラルのなさ、、、、これは、一体、どうした事なのだろう???

バクテリアにも見られ、カビにも見られ、チンパンジーにも見られ、、、、なのに、日本人は、『保険料払ってんだから、元をとらなきゃ』って病院に来る。。。のに、予防接種は、パス・・・。。。。日本人全部じゃないけど、、、、。

一体、何故???


本来なら、不正をする(自己中)な個体は、村八分にされる。日本でも、昔、そうだった(みたいだ)。でも、ある時、日本人は、自分たちの文化を恥じた。そして、不正を働く個体をも、寛容することが、文化的なんだと、民度が高いんだと思いこんだ。。。

のかもしれない。。。。

いずれにせよ、簡単には解明できる事じゃないだろう。。。。

もし、日本以外には、不正をする(自己中な)個体に、利益享受を阻止するシステム(村八分に限らず)が存在するなら・・・・・


日本人は、もっとも、進化した民族・・・・・?だって、地球上の生物の基本から外れつつある・・・・・。


日本の文化・・・・などと、文化って言葉を安易に使うと、恥をかくかもしれないから、ご注意あれ!!

広まる農民たち(Cultivating Farmers)

Science October 2 2009, Vol.326

現代ヨーロッパ人の祖先は、隣接する文化から農業のやり方を吸収してきた狩猟採集民だったのか、それとも新石器時代初期に近東から移動してきた農民だったのだろうか?

紀元前13,400年から2300年までの骨から得られた古代の狩猟採集民のDNAを分析することによって、Bramantiたちは、ヨーロッパの氷河期の狩猟採集民と、ヨーロッパ最初の農民、そして現代ヨーロッパ人の遺伝的関連を調査した(p. 137,9月3日号電子版)。

その結果は、狩猟採集民と初期の農民との間、また狩猟採集民と現代ヨーロッパ人の間の直接的な連続性を否定するものであった。

ヨーロッパ中央部および北部の主要な部分では、7500年前に入り込んできた農民によってコロニーが形成された。

彼らは、それまでそこに常在していた狩猟採集民の子孫ではなかった。

つまり、文化の拡散ではなく、人の移動こそが、ヨーロッパの農業社会を駆動するものだったのである。

Genetic Discontinuity Between Local Hunter-Gatherers and Central Europe’s First Farmers
p. 137-140.

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ペテロの鍵とテロメア

20091006_telomere「あなたに天の国の鍵を授けよう!」

ペテロがイエスから鍵を授かったエピソードは有名だ。芸術作品のモチーフにもなっている。バチカン市国の聖ペテロ像がぶら下げている鍵がそうだ。バチカンの国旗にも描かれている。

イエスは、「あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」と。

・・・・(生きて)あなたが地上で許す事は、天(神)も許す・・・と。

神様は、人間のする事はなんでも後追いで認証するって事だ(ほんとか?)。だから、人間が遺伝子を弄る事も、神の想定内・・・・・って事になる。

それが証拠に、今年度のノーベル医学・生理学賞は“テロメア”と“テロメラーゼ”の発見が対象だ。

テロメアを弄る事も遺伝子操作に他ならない・・・・・。

なのに、なぜか、塩基配列を弄ることの方は“やってはいけないこと”で“神の領域を侵す”とか“倫理的ではない”などと、世間では言われている。

イエスはペテロに鍵を授けたのに、後世の現代人が、“倫理”って言葉で科学的に見れば同じ行為を区別するのがよくわからない。もっとも、遺伝子操作に関わる発見は、ノーベル賞の対象になってるし、原爆の基礎科学も同様なのだが。


要するに、大衆の気を引けるかどうか・・・・判断の基準はその一点なのだろう。


伝える側が“マスコミ”だからね。


さて、この神を冒涜する、、、とは言われていない“テロメア”・・・・。ヘイフリックの細胞分裂寿命しか頼るものがなく老化を語っていた当時、画期的な発見であった。(細胞周期、がん遺伝子、がん抑制遺伝子・・・・・Klotho、最近ではサーチュイン(sirtuin)ファミリーなどの単語を散りばめて説明してはいるが、まだ、“老化”の実態説明には程遠い・・・けど)


“テロメア”をネタにエントリーを追加すると、どうしても、聖書とか神とか出てきちゃう。結構、書いている気がして、、、、どれだったかなぁ・・・・・。

そうだ、検索しよう!!(重複するとカッコ悪い・・・から)


・・・・って、ココログに検索機能ないじゃん!!ガーン!


Office Oh!NO の『Webmaster の嗜好』と『WebMaster's impressions』は、Movable Type 3.37 で作ってるから“検索機能”は付いてるんだけど、最近じゃ、こっちは世間様には見向きもされず、当初バックアップ用にココログで作っておいた『マリンパの雑感』ばかりがアクセスされる。

自分でも『Webmaster の嗜好』と『WebMaster's impressions』のページはほとんど開かないんだから、完璧に機能が逆転している。バックアップが『Webmaster の嗜好』と『WebMaster's impressions』だ。

そもそも、Movable Type でブログをはじめたのも、それが目的じゃなくって、自宅サーバを構築して(ネットワークを勉強したので)、何かやりたくて、、、MySQL や、perl 、 PHP の勉強がてらに・・・・って事だった。

今じゃ、マリンパの雑感が目的になっている。ストレス発散の為のはけ口に??


というわけで、急遽、ココログに検索機能がないものか、調べてみたら、あったよ、ありました。

ココログに検索機能が無いとお嘆きの諸兄!

こんなところにあったのですよ!!それは、デザインタブ【表示項目を選択】--サイドバー項目--ココログのロゴです。お金を払って利用している人は、ココログのロゴを非表示にしていると思うけど、ここにあるんですよぉ!(ちょっと、こののやり方に不満はあるけど)


今、書棚に仕舞い込んであった、『ヒト細胞の廊下と不死化』(羊土社:井出利憲著)を引っ張り出して眺めている。

15年も前の内容だが、かなり何度も読み返したので、よく覚えている。この本の執筆に当たって、井出氏は羊土社の編集者から「でも、細胞の分裂寿命って、ヘイフリックのアレでしょう」ってつまらなそうに言われたエピソードを“はじめに”に記しているのだが、そんな事まで覚えているんだからねっ。そして、ちょうど、その頃から、細胞生物学会やら分子生物学会などで、テロメア人気が出始めてるんで、「まんざらでもないんですよ」ということで、出版が決まったんだそうだ。

“実験医学バイオサイエンス”シリーズの一つだから、決して一般向けの書籍じゃないはずなのだが、『編集者とこんなやりとりをするんだぁ!専門書(専門的な入門書?)も経済的な理論の上に書かれるんだなぁ』・・・などと、妙に関心してしまったのだった。


出版物といえば、これから気になるのは、ノーベル文学賞だ。村上 春樹氏はどうなるんだろう??オリンピック招致なんかより、よっぽど気になるぞっ!!

そして、さらに、それより気になるのは、大阪大学の審良(あきら)教授(自然免疫)だ?ノーベル賞の選考委員は、忘れたわけではあるまいに。。。。


、、、、神のみぞ知る。。。かっ!

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