女の平和
ある軍司令官が戦闘を開始しようとしているとする。深夜に作戦本部室で翌日の作戦を立てているところだ。偵察兵がたえずやってきて、地形や明るさの程度などの情報を報告する。彼らの報告では敵の戦車は500台。司令官のほうは600台で、これが戦闘開始の決断を促した。司令官は全ての隊を戦略的な配置につけ、午前6時の夜明けと共に攻撃を仕掛ける事にした。
ところが、午前5時55分に一人の偵察兵が作戦本部室に駆け込んできて、「閣下!悪い知らせです」と言う。攻撃開始まであと何分もない。「何か?」と聞く司令官に偵察兵は答えた。「たったいま、双眼鏡でみました。敵の戦車は500台ではなく700台あります!」
司令官(※1)はどうすれば良いのか。時間が迫り、全ての作戦計画を修正する暇はない。そこで彼は偵察兵に、見たことを誰にも言うなと命じる。否認だ!それどころか、ひょっとすると偵察兵を撃ち殺してその報告を「トップシークレット」の引き出し(※2)に隠すかもしれない。そうしながら彼は、多数の意見--偵察兵たちが先に報告した情報--が正しく、この情報源から入ったただひとつの新しい情報がおそらく間違いである事をあてにする。
こうして司令官は最初の立場に固執する。それだけでなく、混乱を恐れ、偵察兵に命じて他の将官に嘘をつかせ、戦車を500台しか見なかったと言わせる(※3)。すべては行動に安定性を持たせ、動揺を防止するためだ。優柔不断は何の役にも立たないからだ。おそらく正しいという見込みがあるなら、決断したほうが何も決断しないよりもいい。見解がコロコロ変わる司令官では、戦いに勝てるはずもない。
このたとえ話を読んで、あなたはどのあたりに“注目”しただろうか?
人によって、違うはずなのだが、当の本人は、ほとんどの人が自分と同じところに“注目”して感情が沸く、すなわち共感すると思っている。
まぁ、何処にせよ、何故、そこに“注目”したのかを考えてみるのもいいかもしれない。
たとえ話を、もう少し進めてみる。
一人の偵察兵が駆け込んできて、敵の戦車のほうが多いという代わりに「閣下!たったいま望遠鏡で、敵が核兵器を保有しているのが見えました」と報告したとする。
今度はあなたが考える番だ。司令官は、どうすると思うか?
さて、このたとえ話は、(※1)は左脳の働きを、(※2)は抑圧を、(※3)は作話というヒトの脳機能や行動のアナロジーだ。【脳の中の幽霊】にある一部を抜粋させてもらった。
『司令官は、どうすると思うか?』は考えてもらっただろうか?
それは、もしかしたら、あなたの希望になっていないだろうか??最初に沸き起こった感情を貫く為に?
さらに考えてみてほしい。戦車が700台の場合、戦闘の結果はどうなるのか?最初から負けると決めてかかっていなかっただろうか?あなたの“脳”は。さらに犠牲者の数や戦況まで、自分の感情を肯定する為に都合の良いように想定しなかったか。
《私たちが自分の信念の合理的な根拠とみなしているものは、自分の本能を正当化しようとする極度に不合理な試みであることが多い》“ダーウィンのブルドッグ”の異名で知られ、チャールズ・ダーウィンの進化論を弁護したトマス・ヘンリー・ハクスリーの言葉である。
抽象的な言葉もまた、人それぞれの“心”にグサっとくるものがある。
さて、私は、この戦闘を行わざるを得ない状況の説明をすることにしよう。言ってなかったからね。
時は近未来。地球上の人類は絶滅寸前。近々に食料が尽きる。種子はあるから来年の収穫まで持ち越せれば、その後はなんとかなりそうだ。司令官の側は10万人。敵も10万人。来年までの食料は、10万人分しかない・・・・・・・。
後出しジャンケンのようで、申し訳ないが、冒頭のたとえ話を読んだ直後に沸き起こった感情が、このシチュエーションを知った後でも、同様だろうか?
私は、司令官の側の強者5万人と敵側の強者5万人が生き残る事になれば、それでいいと思っている。というか、何をやっても、どうあがいても、そうなるんじゃないの?
そして、また、歴史は繰り返す。
何年にもわたる戦争。男どもが戦いに明け暮れている結果、司令官の側は女性と老人や子供しかいなくなった。可愛そうなのは夫に残された妻たちで、2度と夫の顔を見ることがなかったり、なんとか帰ってきてもとうに自分の女としての盛りは過ぎてしまっている。
そこで一人の美しい妻が立ちあがり、仲間をあおり、敵側にも同士を募りクーデターを起こす。
男たちを戦争にやらないため、平和を築く必要があると。
ただ、なんと、その手段は、男たちに対し、女たちみんなで性的ボイコットをするっていう話だったのだ。セクシーなカッコで男を誘惑するも、肝心のところで逃げ、男を生殺し状態にする。『体が欲しければ戦争をやめなさい』って。
お気づきの方もいらっしゃるだろう・・・・・・。コレ、ギリシャ古典喜劇の「女の平和」だ。
でも、喜劇じゃなくって、現実になりそうだよねっ!!
こんなことばかり考えている私は、昨日、民主党に政権を渡しちゃいけない決定打が公になったと思っている。
それは、社民党との連立構想だ。
ここに及んで、小沢一郎氏の“西松献金”事件を“国策捜査”で何が悪い?って感じた。
ってゆーか、検察は、社民党との連立を事前に知ってたのだろうか??
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