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February 2009

プリオンはアルツハイマー病にも関係する

20090227la_manne_ou_les_israelites_これは、一体、どう考えればよいのだろうか???

この二つの疾患は、最近、コンフォメーション病と一括りにされたばかりだが、共通点はどちらも蛋白質の立体構造の変化によって引き起こされる病気であり、直接、関係があるとは思われていなかった。

ところが、、、、、、コレだっ。

可溶性アミロイドβ(Aβ)ペプチドオリゴマーが脳の組織内に増えるという現象が、『神の存在を考える時』で考察したように、人の寿命に仕組まれている生理的な現象だとすれば、神経細胞の生死に関わる PrP もそれに一役買っているってことで、特別な“不思議”という訳ではなくなるのだが、、、、、(注)

そもそも、PrP がαヘリックス構造からβシート構造に変化するのに、遺伝子の塩基配列の変化は必要ない。塩基配列が変化するんなら、死ぬのもわかるんだけど・・・。

この変化が無い正常な立体構造の PrP は人生の終わりにおいて、脳機能の低下を助けるんだから、死に行く個体にとっては当然の役割を果たす、、、、、わけだけど、この立体構造が変化する事により、Aβ の情報が正常に伝わらなくなるって事は、どう考えればいいのだろうか???

立体構造が変化して、正常な機能、すなわち、個体に引導を渡す事が出来なくなってしまった場合には、その個体に確実に“死”を与えるために、脳神経細胞にダメージを与えるって視点に立てば、PrP は、個体の死を確実にする為の機能を持った蛋白質だと言える。


人類は、アポトーシスという現象を知るまで、また、精巧に仕組まれた蛋白質の分解系を知るまで、細胞で作られる蛋白質っていうのは、全て“生きる為に必要なものばかりだと思っていた。

「計画的に死ぬ」「計画的に分解される」って事を細胞レベルで、分子レベルで語るときには、さほど“罪悪感”“違和感”を感じずに済んだ。しかし、このような神により仕組まれた現象を、“人生”に当てはめるのは、、、、、かなり、、、、、、だ。


注:正常プリオン蛋白の生理機能も徐々に判明しつつある。遺伝子操作で人工的にプリオン欠損マウスを作り出したところ、出生直後は正常に発育するものの、発育するにつれ運動失調や長期記憶、潜在学習能力の低下が認められる。したがって、正常プリオン蛋白は神経細胞の発育と機能維持に何らかの役割があると考えられている。

医学:プリオンはアルツハイマー病にも関係する

Nature vol.457 (7233), (Feb 2009)

アルツハイマー病では、可溶性アミロイドβ(Aβ)ペプチドオリゴマーが中心的な役割を果たすという仮説は十分に立証されているが、Aβオリゴマーが神経細胞に影響を及ぼす際の基盤となる仕組みは明らかにされていない。

可溶性Aβオリゴマーに対して高い親和性をもつ細胞表面受容体が神経細胞上に存在することの証拠がいくつか示されており、これがアルツハイマー病の病態の中心となると考えられている。

今回、細胞のプリオンタンパク質PrPCがその受容体候補であることが突き止められた。

脂質ラフトと会合する細胞膜糖タンパク質であるPrPは、Aβオリゴマーと高い親和性で選択的に結合し、ペプチドの有害な作用を仲介する。

今回の結果は、PrPCに特異的な薬物がアルツハイマー病に対する治療薬となる可能性を示しており、また、感染性プリオン病とアルツハイマー病との予想外のつながりを示している。


Letters to Nature p.1128

News and Views p.1090


狂牛病の牛肉を食べると発症すると考えられている、Variant-CJD は、本来やっちゃいけない行為、共食い、を禁じた神の戒めなのかも。

いやいや、Variant-CJD を発症した人が“共食い”をしたわけじゃなく、牛が牛を食べたという事を言っているのだが、、、、、。いやいや、牛が牛を食べたんじゃなくって、人間が牛に牛を食べさせた・・・・・・・、罰が、何の落ち度も無い人に Variant-CJD 発症させた・・・・・。

経済性を優先させた、、、、金儲けに走って、、、、、
 
 
 
共食いをする生物種が地球上に、どれ位いるのだろう?『やむにやまれず』やってしまったなんてのは、どんな種でもありそうだけど、それが常態化しているのって、いないんじゃないのかなぁ??

だとしたら、共食いを常態化するって事は、コレを禁じた神による“罰”として、予め、“死”に直結する蛋白質に立体構造の変化を来すように仕組んであった。。。。。
 
 
 
    ウー c(`Д´c)

考えているうちに、恐ろしくなってきた。こんな事、大っぴらに言うもんじゃねぇ~よな。

良い子ちゃん的な発言を繰り返す奴らには、強烈な関節技を決めまくっている私だが、さすがに、気持ち悪くなってきた。これが、いわゆる“死を恐れる”基本的な“生存本能”なんだろうなぁ・・・・・。

人の死を“可哀想”だとか“哀れむ”ってのは、高等な脳機能なんだと思う。悲惨な人の屍体を見て、“哀れむ”よりは“気持ち悪くなる”“怖くなる”というのは、本能に近い反応だろう。

“可哀想”だとか“哀れむ”って言ったような“気持ち”を操る“良い子ちゃん”には、関節技のをお見舞いするけど、“気持ち悪くなる”“怖くなる”のは、対応のしようもない。


ってなわけで、ここに書けないような、気持ち悪いことを一杯考えた私は、書き続ける気力が萎えてしまいました・・・・。そして、一つ、不思議な現象が気になり始めました。

それは、旧約聖書、モーゼがエジプトを出発してから色んな所で食糧難になった時、朝になるとその辺、一面に落ちていた“マナ”って食べ物の事だ。

これって、一体、何なんだろう??もしかして、死んじゃった仲間じゃないだろうねぇ?!

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ナイトウォーカー

20090225_gino_vannelliジノ・バネリ『ナイトウォーカー』は1981年発売だから、昭和に換算すると56年ってわけだ。だから、私にとっては浪人中だった。

バイクの免許は持っていたんだけど、浪人したのにもかかわらず、車の免許を取ってしまったから、さぁ大変。勉強もせずに、もっぱら車で遊びに行くことが多くなった。

400cc のバイクじゃ、所詮、自分ちの近所をブラブラするだけで終わっちゃうけど、車は自分の部屋の延長のようであり、何しろ、バイクと違って疲れない。それに、若い頃の男子にとっては“自分の城”のようなものなので、生活の場所みたいなものだった。

当然、デートも車を使うことになる。そして、車内の BGM は欠かせない。その為に、『ベストヒットUSA』などの音楽番組は欠かさずチェックし、FM 放送でのエアチェックにも余念がなかった。

そんな中で、当時、AOR などと分類されて紹介されたのが、ジノ・バネリ『ナイトウォーカー』だった。女の子受けはいいから AOR は聞いていたけど、基本的に“軟弱”なイメージあって好きではなかった。(ボズ・スキャッグスは好きだったけど・・・)

だけど、ジノ・バネリは違ったのだ。タイトル曲の『ナイトウォーカー』は街の喧騒のような効果音がしばらく続いたあと♪ン、ジャーッジャーッジャ~~~~~~~ン♪って入っていく。(この「ン」とジャーの後に「ッ」って入る所がミソなんだけど、うまく伝わるかなぁ?)

これが、強烈にパワーがあってかっこよくって、初めて聴いた瞬間から、一気に気に入ってしまったのだ。少ないお小遣いをやりくりして、アルバムを買ってしまったら位だから、この衝撃は理解してもらえもと思う。(結局、ジノ・バネリは『ナイトウォーカー』しか買わなかったのだが・・・)


今の今、ほぼ30年弱の時を経て、このパワーの源がわかった!

20090225_vinniecolaiutaヴィニー・カリウタのドラムだったのだ。バラードが中心のこのアルバムに妙に惹きつけられたのは。なにがいいのか言葉に出来なかったんだけど、私の深層心理に訴えかけていたのは、カリウタの力強いビートだったのだ。

スタジオミュージシャンなんて存在すら知らなかった当時、ドラムを叩いているのが誰かなんてのは、全く気にしていなかった。バンドを組んでロックファンの最前線で演奏しているミュージシャンの名前以外は、気に止まるはずもなかった。(後になって、TOTO や staff がスタジオミュージシャンって言われる人達の集まりだと知るのだが・・・。ジェフ・ポーカロやスティーブ・ガッドはドラムをやってなくても知っている・・・)いわゆる“歌手”のバックで演奏している人達は、クラシック音楽の楽団の楽器奏者のように、いわゆる音楽の専門家で、上手なのは当たり前で、その技術が音楽家個人の評価の対象にされるようなものとはおもいもよらなかったのだ(今思えば恥ずかしい限りだ)。


ヒョンな事から、テレビでジェフ・ベックのライブを録画することになり、、、、『ヒョンな事』っていうのは、ジェフ・ベックはあまり好きではなかったからだ。“3大ギタリスト”とか言われているから、BB&A の『ライヴ・イン・ジャパン』やソロの『ワイヤード』は持っているけど、それこそ『溝が擦り切れるほど』聞いたわけじゃない。ヤン・ハマーのキーボードにぶっ飛んだしウマいのはわかるんだけど『血が騒がない』。なんか別世界の人達って感じで・・・。NHK BS-hi でやっていた別の番組を録画したんだけど、それが終わった後の“番宣”でジェフ・ベックのライブを紹介してたから“とりあえず”録画予約したのだった、、、、、それを、ちょっと後になって見たわけだが、、、、

---収穫は大きかった---

おじさんになったジェフ・ベックは、、、(・∀・)イイ

自分自身がライブを楽しんでるなぁって感じさせる。ウマく表現できないんだけど『タイトなんだけどリラックスしている』って感じで。タルちゃんをメンバーに選んだのも、若い才能を自分の手のひらの上でみたいな、大きな包容力と余裕みたいなのもが感じられて・・・。

1944年生まれだから、御歳○○才・・・すげぇカッコイイ。すげぇかっこよく歳をとっている。1963年生まれの私は、中学・高校と洋楽(ロック)に目覚めた頃の印象ではあまり良くなかったジェフ・ベックなのだが、30年の歳月を経た今、勝手に『同じ時期を過ごした』なんて思いあがって、細かいことはどうでも良くなって、ジェフ・ベックが好きになったのだった。

で、BS で放送されたライブが行われたロンドンのロニー・スコッツに来ているお客さんが、これまた、中年以上の方々ばかりで、これもまた“共感”してしまったところでもあったりする。私の見間違いかもしれないけど、客席にはロバート・プラントの姿があったりして・・・・。で、来日中のベックのコンサート、やっぱり、中高年が多いのだとか・・・。東京国際フォーラムに行った人のブログによると・・・・。(行きたいよぉ~~~x100倍)


ところで、BS朝日ではあの『ベストヒットUSA』が再開されている。司会はもちろん小林克也だ。昨夜の放送の「タイム・マシーン」で、ナット・キング・コールの『ルート66』のライブ映像が流された。小林克也は、今の若い世代にこの頃の良さをかみ締めてほしいみたいな事を言っていたが、私が若かりし頃から親しんだ音楽も、いつか“この頃の良さ”みたいに表現されちゃうのなかって思ったら、急に昔、聞きまくったレコードを聴きたくなってきた。
 
 
 
というわけで、調べたら、いいのがありましたっ!!!!!

USB対応のレコードプレーヤー。USBケーブルでパソコンに繋ぐタイプと直接USBメモリに録音するタイプ。私の通う、東京秋葉原の石丸電気本店にそれはあったのだ。

これで録音?すると、レコードの片面が一つのファイルになってしまう、針が飛んでも一つのファイルになってしまうのだが、付属のソフトを使えば、曲ごとに分割してくれるのだという。さらに、曲名はインターネットで検索してくれるんだとか・・・・。

今の若者に「針が飛んだ」なんて言ってもわかって貰えないだろうなぁ・・・。そういえば、ヴィニー・カウリタが1994年に発表したソロアルバム「Vinnie Colaiuta」の一曲目「I'm Tweeked/Attack of the 20lb Pizza」で披露している“スリップ・ビート”と呼ばれるテクニックは、カリウタ自身が『レコードの針が飛んだみたいだろ』と自慢していたそうだ。

これも、そのうち「?????」って思われちゃうんだろうなぁ・・・・。

ちなみにスリップビートとは、16分音符一つずつ順番にずれていくというんだけど、私には「なんか、居心地悪い」って感じ。元々テンポを掴むのが苦手だから。ベックの「レッド・ブーツ」も『イチ、ニ、サン、シー、』ってやっていくと、途中で破綻しちゃうくらいだからね。

       ┐(´∀`)┌ヤレヤレ

まだ買ってないこのギミック?は、そのうち買うつもり、で、その使用感は、これまたそのうちここで報告する(のか?)つもり。。。。

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タル・ウィルケンフェルド (TAL WILKENFELD)

20090224_tal_wilkenfeld弱冠22歳!ベース歴4年!でジェフ・ベックとワールドツアー中 美少女・天才ベーシスト TAL WILKENFELD

先週の木曜日だったか金曜日だったか、HHK BShi でジェフ・ベックのライブを放送していた。60年代からの伝説的なジャズ・クラヴで世界的にも有名なロンドンの、ロニー・スコッツにて行われたものだ。番組の司会・クリス・ペプラーが2007年のライブだって言ってた。

こんな小さな会場でジェフ・ベックがライヴを演ったってゆーのもすげぇ~んだけど、それはおいといて、私は、そこで、すげぇ~ものを“発見”してしまったのだ。

それが、タル・ウィルケンフェルド だ。

彼女のベースのテクの痺れたのは言うまでもないが、もっと痺れたのは、その愛くるしさだ。

タル・ウィルケンフェルドについては、このライブを見るまで、一切、何も知らなかった。最近では実際の演奏を観たり聞くまでに、ミュージシャンについての何かしらの情報が入ってきてしまうものなんだけど、彼女に関しては、全く、知らなかったのだ。

私にとっては、“真っ白”で“他人の手垢”が付いてないミュージシャンだ。思い入れもひとしおというもんだ。

久しぶりに、人から『いいよぉ~』なんて聞く前に、自分で発見した喜びも、また、ひとしおだしね。

というわけで、自分の周りに知っている人がいないのをいいことに、みんなに DVD にダビングして『見て見て~』とやっている。


20090224_vinnieliveところで、ジェフ・ベックのツアーに大抜擢されたのは、ヴィニー・カリウタに推薦されたからだという説もあるらしい。。。

・・・・ヴィニー・カリウタって誰??ベックの後ろでドラムを叩いてるってのは知ってるんだけど、それがどんな評価を受けている人なのかを知らなかった。。。。というわけで、ウィキペディアで調べました。

おおっ!こりゃすげぇ~やっ。

でもって、ジノ・バネリの『ナイトウォーカー』にも参加していたなんて・・・・・・、今、家にレコードプレーヤーがないのが残念だ。こんなこと知ったら、聞きたくなっちゃったよ。

いろんな所を渡り歩いて調べたところ、、、、

現役ドラマーの最高峰と言えば、このヒト。ヴィニー・カリウタでしょう。
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ピーター・ガブリエルは、長年連れ添ったドラマー、ジェリー・マロッタを、突然クビにしました。驚いたマロッタは、「ピーターなぜだ?僕はどんなリズムだって、君の望むとおり叩いてみせるのに・・・」。ガブリエルは答えません。

1985年、ガブリエルはマヌ・カチェを新ドラマーに迎え、アルバム「So」を発表。シングル「スレッジ・ハマー」で大ブレークを遂げるんです。

あらゆる楽器の中で、最も時代色が出てしまうモノ。それはドラムです。

どんなに演奏技術が優れていても、時代に追い越されたドラマーは生きて行くすべがありません。

ピーター・ガブリエルやスティングといった一流ミュージシャンは、時代の流れを明確に読み取り、柔軟に対応する術を心得ています。そのためには時として冷徹な判断だって下さなければならないでしょう。

今、時代が求めるサウンド。それが、ヴィニー・カリウタだとして、それは永遠に保障されるものではあり得ません。

でも、しばらくは、この帝王の動きに注目しておいて間違いはないでしょうね。

だってさっ!やっぱり、ベック先生は超一流の人達とやるんだねぇ。。。

話が脱線したけど、タル・ウィルケンフェルド、ソロのデヴューアルバムはここでちらっと聞けるみたい!

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ゴマフアザラシと RNA

20090223_gomafuRNA は DNA の特定の領域(遺伝子)が転写されて、核内から細胞質へ移動し、蛋白質を作る情報の媒体として機能する。

これは、高校で習うことだ。

このような蛋白質を作る情報の媒体となるものを、特に mRNA と呼んでいる。通常、RNA は転写されて直ぐに核外へ移動するため、RNA を標識して(顕微鏡で見えるようにする為、色を付ける)分布を調べると、核の部分には何も見えず、ちょうどドーナツの穴のように見える。

今まで知られていた RNA では全てこのドナーナツの穴のように見えていたため、RNA は転写されると、すぐに核の外に移動するもんだ!!という事が常識となっていた。

しかし、最近発見されたある種の RNA は核外へ移行せず、核内に留まり、何かをしているらしい・・・。この RNA に注目してみると、ドーナツの穴はあいてない・・・・・。発見された当初は、かなりの衝撃・・・・・だっだ。


ところで、つい最近まで、DNA 上の蛋白質に翻訳される部分、すなわち遺伝子は全塩基の2%に過ぎないため、残りの塩基配列は存在自体が意味の無い、すなわちガラクタ(ジャンク)だと思われていた。

ところが、2005年、理化学研究所の林崎らにより、DNA の全体の、ななな、なんと、70%にも及ぶ領域が転写されていたことが解明された。

転写されるってことは、DNA → RNA と RNA が生成されるわけだが、これらのほとんどが蛋白質の設計図とならない、いわゆる“ノンコーディング RNA (ncRNA)”として存在することが明らかにされたのだ。さらにこの ncRNA の中には、機能を持つものも含まれていて・・・・。

miRNA などがその代表で、エピジェネティックな遺伝子発現制御を担っていたり、、、、

今現在わかっている RNA で核内に留まるものは4つ知られているのだという。

核内に留まるんだから、mRNA として機能するわけもなく、まだ、その実態は闇の中とのとこだが、その4つの中の一つ、Gomafu と名付けられた核内 RNA の研究がブレークスルーになりそうな気配を漂わせている。。。。

Gomafu は“ゴマフ”と発音する。

核内に居残る Gomafu の分布を顕微鏡で見た時の印象(ドーナツの穴の部分の模様)がゴマフアザラシの模様に見えたところから、Gomafu と発見者の中川により命名されたそうだ。

この研究がブレークスルー・・・・というのは、実は Gomafu は別のグループにも発見されていて、MIAT (ミアット) と命名されていた。

MIAT は、その1塩基置換により心筋梗塞発症率が上昇する遺伝子として同定されていたのだ。もちろん、その転写物 (RNA) が、核内に留まるということはわかっていなかったのだが・・・・。

つまり、“心筋梗塞発症率が上昇する”という表現形が、その遺伝子が核内にあって影響を及ぼしているということなのだ。

蛋白質の機能として心筋梗塞発症率に影響するわけじゃない・・・・(翻訳は核外)
miRNA として mRNA の翻訳段階で影響を与えているわけじゃない・・・・(miRNAとして機能するには核外)

一体、どのようにして影響を与えているのか・・・・?
 
 
 
ここ何回かのエントリーは小説『坂の上の雲』をネタにしている。この本は海軍連合艦隊の参謀として活躍した秋山真之とその兄で陸軍の騎兵隊を指揮した秋山好古、それに同郷の正岡子規を主人公にした物語だ。


最近、この小説が、私の脳内を占拠している。。。。なにかあると、この時代のこれらの登場人物の役割みたいなものを、生命科学に登場するキャラクターに置き換えて思考遊戯を楽しんでいるのだ。

東郷平八郎がゲノム(遺伝子を含む)とすれば、旗艦の艦橋はさしずめ“核内”で、参謀の秋山真之は、核内にあって、表現型に影響を及ぼす ncRNA 、miRNA は前線の佐官級将校かなぁ・・・・・なんてね。

秋山真之の影響力とその意思・情報・命令の伝達は明らかにされているのだが、Gomafu の場合はどうやっているのか、皆目見当も付かない・・・・。


サイエンスが“核心”に迫ると、その実験は美しくなり、自然現象を表現する“式”はシンプルに美しくなる(と表現する人がいる。私には難しすぎて美しいのかどうか、よくわからないが・・・。『世界でもっとも美しい10の科学実験』は何だか美しそうだけど・・・)。

物理や化学の世界では、どうやら、それは正しいことのようだ。しかし、生物学では、“核”に迫れば迫るほど、どんどん、複雑に混沌としてくる。

生物学では、物理や化学のように混沌から抜け出せるのだろうか???

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神の存在を考える時

20090221_god_fatherサイエンスの分野でも謎を一つずつ解き明かしていくと、その現象に緻密な意図を感じる時がある。

たまたまの偶然の所業だとはわかっていても、そこに人知を超えた“あるもの”の存在を感じざるを得ない時がある。

地球の始まりや、もっと遡って宇宙の始まりも“説”としては知ってはいるが、理解は不能だ。クオークやレプトンである電子やニュートリノがキーワードになり、ノーベル物理学賞に南部陽一郎、小林誠、益川敏英の3氏が選ばれた昨年、分からないなりに「素粒子物理学と核物理学における自発的対称性の破れの発見」、「クォークの世代数を予言する対称性の破れの起源の発見」なんてのを理解しようと努力したりした。

しかし、直感的に言って、神様(別に神という名前じゃなくても良いけど)を想定した方が、分かりやすい。インテリジェント・デザイン説に傾倒しちゃう人がいるのは無理も無いのかもしれない。

事実、地球には、神を信じて生きている人の方が圧倒的に多いのだ。

発生:チェックとバランス

Nature vol.457 (7232), (Feb 2009)

胚の発生の際には、まず神経細胞が過剰に作られ、これらのニューロンとその長い突起(軸索)の多くはその後、自然退縮の過程で除かれる。

Nikolaevたちは、アポトーシスを誘導するタンパク質DR6(デス受容体6)が、この自然退縮過程の調節因子の1つであることを突き止めた。

DR6はAPP(βアミロイド前駆体タンパク質)に結合することで作用する。

膜貫通タンパク質であるAPPの機能はまだわかっていないが、ヒトの遺伝学研究でアルツハイマー病との関連が疑われている。

ニューロンの典型的なアポトーシスではカスパーゼ3が必要だが、DR6/APPが誘導する退縮はこれとは異なり、カスパーゼ6の活性化が必要である。

この知見は、APPの細胞外断片がDR6とカスパーゼ6を介して働いて、アルツハイマー病の神経変性の一因となっている可能性を示唆している。


Articles p.981


人の一生は、精巧に仕組まれている・・・・・・・・のかもしれない。

発生の段階に限らず、傷(組織損傷)の治癒過程をみても、まず、一旦、過剰に作られて、必要の無い細胞を脱落させるという過程を経る。(皮膚の傷がふさがる時も、一旦は盛り上がるけど、そのうち平らになるでしょ!)これは生物の基本だ。

で、生まれる時、すなわち発生の段階で使う遺伝子を、老化して最後の段階でも使う・・・・・・・・。仕組まれているって感じない?

神経組織を構築する時に使った遺伝子は、一旦、眠りについて、再び人生の最後で、また使われるのだ。

人生の最後に APP に活躍の場を与えられるためには、その個体の体(脳以外)が『もう、限界だよ』というシグナルを発しており、それを受けてシステムが動き出す・・・・・、そんなシナリオを考えてもいいのかもしれない。

アルツハイマー病にならなかったひとは、体が『まだまだ、余裕あるよ』って言ってるか、或いはシグナルが届かない人なのかも。。。。老化に対しては『まだまだ、余裕あるよ』って言っても、病気で死んじゃえば“脳”は死ぬ準備を始めない・・・・・。

生きて、行き続けることが現代人にとって何よりの“幸せ”だとすると、死を否定するしかなくなる。しかし、我々には、予め死が予定されている。。。。。。


二つの選択肢、すなわち、片方は無残な“死”、もう片方は物質的にも精神的にも肉体的にも全てに恵まれた幸せな“生”から一つを選ぶとすれば、誰だって“生”を選ぶだろう。

しかし、死ぬも“地獄”だけれど、行き続けるのはもっと辛い“生き地獄”だとしたら、どちらを選ぶだろうか??


意識がハッキリとしている状態で、肉体が朽ち果てても死ねない、、、、、これじゃやりきれない。アルツハイマーは神が与えた慈悲・・・・・。

こう考えれば、死は必ずしもネガティブに捉えなくてもよくなる。人はこういう状況に置かれた時、受け入れざるを得ないもの、すなわち死に対して、神の御心なんてものを思い描いちゃうのかも・・・・。
 
 
 
話は変わるが、一つの方向からしか物事を見ないと本質を見失うことがある、善と悪はいつもでも相対的であるという事を示す例では次の論文が適当かもしれない。

小さな殺害者(Little Killers)

Science February 6 2009, Vol.323

血小板はコラーゲンに曝されて活性化されると傷ついた血管をふさぎ、そして又、マラリア寄生虫に粘着して、マラリア寄生虫を細い末梢血管内への隔離を促進し、大脳病理学に寄与している。

これらの一般的な粘着性の性質は、また血小板が病原体攻撃の初期段階に対する前線防御ラインへの価値ある支援部隊であることを意味している。

McMorranたち(p.797)は、感染の後の段階での病理学的役割にもかかわらず、血小板がマラリアの初期段階に対する生得の宿主応答に重要であることを示している。

アスピリンを含めた血小板凝集抑制剤により、in vitroでの熱帯熱マラリア原虫における血小板の致死的な効果が除去される。

血小板の欠損を持つマウスは類似のマラリア原虫の感染により急激に衰えていく。

二つのケースで、血小板は感染した赤血球にくっついて、寄生虫を殺す。

Platelets Kill Intraerythrocytic Malarial Parasites and Mediate Survival to Infection
p. 797-800.

---みのもんたに告ぐ---

『血液サラサラは絶対的な“善”ではないんだよ。ところ変わればマラリアで死んぢゃうんだからね』

この場合の生死の選択は、片方は“不幸な死”、片方は“幸せな生”だから、生きる事が“善”とした価値観の上で、『・・・・ところ変わればマラリアで死んぢゃうんだからね』と“死が悪である”と言っているところに注目!!

生きる事が“善”としての定義がなされないで、理論が構築されていく“違和感”は、、、、次の如くだ。
 
 
 
司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んでいる。・・・・面白いのだが、この作者は自分の価値観を小説に頻繁に登場させる。その価値観に違和感を感じる事が多々ある。(違和感があっても、小説は面白いから読むんだよねぇ。作者の好き嫌いには関係ないし。っていうか、私、小説家の好き嫌いって、、、、ほとんどない。身近な人じゃないから、好き嫌いの対象にならないっていうか・・・なんだろうね?)

違和感の原因は何だろう?と思い、ちょっと考えたのだが、『この世の中で“死”は“絶対悪”で、生きていることはそれだけで“絶対善”で“絶対幸福”である』という価値観が無意識に、或いは立場上言わざるを得ない為にあるのではないか?との結論に至った。

司馬遼太郎ファンの人からすれば『そんな単純なものではない』という事になるのだろうが、彼の小説にちりばめられた“持論”をこの視点で見れば、証明に破綻することは無いはず。

戦争を忌み嫌っているが、全てのロジックの根底には『この世の中に“死”ほど不幸で“悪”なことは無く、生きていればそれだけで“幸せ”である』が流れていると感じるのだ。作者は戦争に行き、その後小説家として大成功し、富にも名声にも恵まれたのだから、『生きていればそれだけで“幸せ”である』って感じるのは当然だろうし。

しかし、現実の世界では、天涯孤独、頼る人も頼ってくれる人もいない、手に職があるわけでもなく、戦地で名を馳せる以外には、野垂れ死にするしかない人がいるのも事実だ。そんな人が戦地を死に場所に選ぶのは、ある意味、尊厳死と共通のものがあるのではないか?

戦争は“絶対悪”であるとの価値観を公には言わざるを得ないとしても、人間が地球上の一生物種として誕生してしまった以上、どんなに悪であっても、いれを受け入れる事が現実的には必要だ。

戦争を美化する必要はないけれど、それが避ける事の出来ないものである以上、死んでいく当人の精神面が充実するような“嘘”は、必要悪なんじゃないのかな?と私は考えている。例えば、発見した時には、すでに末期の癌だった人につく“嘘”を誰が“絶対悪”だと言えるのだろうか??明治の時代、天皇を神にすることが、そんなに悪だとは思えないんだけど・・・・・なぁ。


『癌の発生は人間にとって不可抗力だけど戦争は違う』なんてのはロマンチストの発想だ。

結果が同じ“死”なら、兵隊が国や軍の指導者に騙されようがそんなことはどうでも良い。というか、騙されていたほうが、幸せなんじゃないの!

それに、国や軍の指導者が国民を騙す(洗脳)ことを“絶対悪”と評価するのは、100歩譲って認めたとしても、その指導者達を“無能”呼ばわりするのは“違和感”を感じざるを得ない。それじゃ、死んでいった人達は、ただの“馬鹿”や“キチガイ”の犠牲になったってことなっちゃうじゃんか。それじゃ、浮かばれないよなぁ。

それに浮かばれないだけじゃなく、“戦争は馬鹿がいるから始まる”みたいな事も持論のようだけど、馬鹿ってのもある意味相対的なもので、絶対馬鹿なんてのはいないんだよねぇ。

作者が考える“聡明な人”だけで国家を作るために地球上から“馬鹿”を抹殺して、一から始めても、その“聡明な人”の集団内でも序列が付く・・・・。また、『馬鹿が・・・』と始まるんだよねぇ。

自然界の 1/f 揺らぎは集団内に、あるスケールに則せば序列をつける。それは遺伝子の多様性の結果であり、生物が生物であり続ける為の必然だ。

頭の良い人だろうに、こんなこともわからないのか・・・・という根本的な違和感もあるのだ。

もっともこの違和感は、偉人と呼ばれる人を“無能”呼ばわりするのは、小説家として大衆の受けを狙ったものとしてみれば自然だから、こんな意図を悟られない為に大層な理屈を展開しているのかもしれないって考えれば、すぐに晴れるんだけどね。

敢えて偏った価値観を展開することで、世の中に議論の場を提供する為、価値観、主義、思想を鮮明にさせる為という事を狙ったのかもしれない。これは重要なことだ。日本人は議論が嫌いみたいだけど、異なる意見をぶつけ合うことが、排他的にならないためにも重要だからね。リチャード・ドーキンスも『悪魔に仕える牧師』『神は妄想である―宗教との決別』でかなり偏好した主義主張を展開している。『神と科学は共存できるか?』のスティーヴン・ジェイ・グールドとの論壇は、かなり面白いし。


まぁ、これらを含めて、凡人の私には作者の心中は何処なのかは知る由もないのだが・・・・。


p.s.
Bicycle20ps3_800この写真は以前、そのインパクトの余り海外の掲示板やブログで貼られまくりそれを見た外人さん達は、あり得ないと一様にビックリしたそうだ。

さもありなん。人間の心から、タブーと世間体と道徳心を取り払えば、価値観なんてこんなもの。多様性、あるんだよなぁ・・・・・。戦争、紛争、テロ・・・おこるよなぁ・・・そりゃ。

当然、私には、何にびっくりしているのか見当も付かない・・・・。治安の良さってありきたりだよね?

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カルピスが花粉症に効く

20090218_togo_in_europe東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命科学専攻の八村敏志・准教授らによる、乳酸菌Lactobacillus acidophilus L-92株を経口摂取することによる過剰なTh2細胞のアポトーシス誘導効果が、「環境・生活習慣型アレルギーケアフォーラム 第1回マスコミセミナー」で発表されてから、ほぼ一年(2007年12月5日)が経つ。(カルピスは2002頃から八村准教授と共同研究をしていた)

L-92株が樹状細胞(DC)に働きかけて、Th2 優位な免疫状態を Th1 寄りにシフトさせるっていう機序らしいが、昨シーズンも今シーズンも、あまり、ぱっとしない。

ってゆーか、『カルピス飲んで、花粉症を治そう!!!』みたいな事をテレビの健康番組でも見かけない。(テレビを見てないから、私が知らないだけかもしれないが・・)

樹状細胞(DC)が貪食したL-92株由来の物質はエンドソームで TLR と結合し、IL-12 産生が誘導され・・・・って大雑把な流れなんだろうけど、『カルピスがイイらしいですよ』なんて患者さんには言えない。Th1/Th2 バランスなんて話したって分かってもらえないし、それよりなにより、昔からカルピスはあったのに、なんで花粉症の人が増えたんだよ?って事で一蹴されてしまう。


さて、科学的には事実なんだけど直感的に分かってもらえない事と、間違ってはいるんだけどコンセンサスが得られている事ってのは、世の中、かなり多いと感じる。具体的に挙げるのは控えるけれど、こんなことは、医療の世界だけじゃなくって、どの分野にも言える事なのだろう。

『景気が悪い』『景気が悪い』と連日のように連呼されれば、誰しも、財布の紐は締めるだろう。それがさらに景気を悪化させる。悪化するからマスコミは更に『景気が悪い』と叫ぶ。今の不景気の原因は、その半分はマスコミに原因があるといっても過言ではない。。。。。と、私のような経済のシロウトは考えるわけだが、『カルピスなんて・・・』と眉に唾つけられちゃうのと似ている。

免疫現象が抗原提示細胞による抗原の貪食から始まり、複雑な段階を経て、目に見える形になるまでを知っていても知らなくても、その治療行為に対する判定は下せる。

同様に、経済に対する複雑な要因や影響を与える因子を知らなくても、財務大臣を辞職に追い込むことが出来る。

これが良いことか悪いことかは私にはわからないが、大した効果もない事が分かっているのに、その分かっている大層な“理屈”を盾に行動が決定されている事があるのも事実だ。(世の中、ほとんどがこのように動いているのだろう)

大規模臨床試験などその際たるもので、その過程と結果は、ロジックなのかレトリックと呼べば良いのか、判断に困る事も多い。


『景気が悪い』に話を戻すが、私には、マスコミがこれを連呼する意図が分からない。手の打ち様があるのなら兎も角、原因療法が無いにもかかわらず、これを叫ぶのは、治療法の無い疾患で死にそうな患者に、『危ないぞ』『危ないぞ』と言うのと同じだ。

藁をもすがる思いで、2兆円をばら撒く麻生首相を批判するのは、藁をもすがる患者が大規模臨床試験に裏付けられていない“民間療法”に手を出す事をとやかく言うのと同じように見えてしまう。

まぁ、そもそも大規模臨床試験に裏付けられている・いないなんてのは、極端な話、紙一重の違いの場合もあるんだから、それを金科玉条のように扱うことも滑稽な事なのだが、こちらの立場に立てばそれを盾として使い、あちらの立場に立てば別な矛を用いて論破しようとするのは、この世界の常識だ。


今、坂の上の雲(文庫本全8巻)の第4巻が読み終わろうとしている。

作者の人物評は、まことにユニークであり、これが、また、小説の妙な味わいになっている。東郷平八郎の場合は、最初、かなりこき下ろされるのだが、国際的にも名を馳せるきっかけになるエピソードがある時点で発生する。面白いのは、東郷自身は全く変化が無いのに、まわり(環境)の変化が、彼の評価を一変させるのだ。(私が読み進んだページまでだと、作者自身の評価は不明)

東郷でなければ日本海軍の士気は下がり、日本は負けていたとも言われるエピソードだ。本筋(日露戦争)に影響を与える(のか?)出来事だから、私がエピソードって表現しちゃまずい。イベントと言い換えねばならないかもしれないが、でも、この事自体も、もし、日本が負けていれば、単なるエピソードに成り下がり、東郷の評価も地に落ちるのだろうから、言葉は難しい。なにより、エピ・・・という語感が、エピメテウスを連想しちゃい、結果論で評価することの愚かしさを示しているようで、これはまたこれで楽しい。(おっと、脱線・・)


さて、今日の不況が“本当に”お国の一大事だとしたら、先進国蔵相会議での中川昭一財務・金融担当相の振る舞いは、マスコミや野党が言うように、『この大変な時に、真剣味の無い態度は、まことに不謹慎』と一方的に批難されることじゃないだろう。

酒にだらしがないという一点で非難されることはあっても、それで辞職に追い込まれるのは当然だとしても、非常時の態度云々を言われる筋合いのものではないと思うぞ!!

現に、東郷平八郎も、万事休すかと思われた時に、『そんなのかんけぇねぇ~』みたいな態度を取ったから、日本は勝ったんだし!!!一大事にトップが動揺しないというのは、50%の確率で正しいのだから。


結果よければ名君、結果悪けりゃ職務怠慢・・・・・同じ行動なのに天と地の差が・・・。それを最初から悪いと決め付けるマスコミと野党と、こんな評価を鵜呑みにする街頭インタビューに出てくるようなバカな国民の為になんぞ『働けるかよっ!!』って辞めちゃったのかもしれないね・・・・、なんか、わかるような気がするけど。


カルピスから随分話が飛んだけど、脱線ついでに、もう一つ!

若い頃の東郷平八郎って、けっこういい男だよねぇ!役者にしても良かったんじゃねぇ~の?!『坂の上の雲』(NHK・21世紀スペシャル大河ドラマ)じゃ、渡哲也が演じるらしいけど、若い頃を演じるなら狂言の和泉元彌がいいと思うんだけどなぁ。(和泉元彌は好きじゃないけど、いい男だとは思うよ。東郷と似てるし)

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「小泉劇場第2幕」と「ねたみ」の脳機能

20090214_fmri_brain小泉政権時代の政策が格差社会を助長し“弱者を切捨てた”とか言って、これが世の中が荒んだ原因であると叫んでいる人がいる。

マスコミもこぞって、大衆がそういう価値観であるという前提で番組作りに励んでいるのだが・・・・。

なんか、ちぐはぐな感は拭えない。

現代人は、良い意味で“素直”になった。悪く言えば、自分の中の“卑しい”部分をさらけ出す事に抵抗感が薄れた。恥を恥とも思わなくなった。

今までは、『他人の不幸はみつの味』と感じてはいても、それはいわゆる“世間の誰か”が感じている事で、自分は『そんな卑しいヤツ』じゃないという体面を取り繕ろってきた。

そういう人が減ってきた。

『ねたみ』という感覚が、人類の歴史上、文化的にいつの頃から“恥ずべき”価値観になったのかは知らないけれど、人間が生きていく上で“必要”な価値観であったことは、間違いないだろう。

脳の機能として、存在するのだから。

ねたみの脳機能、明らかに 他人の不幸を喜ぶ部位も

2009年2月13日 提供:共同通信社

 人がねたみを感じたり他人の不幸を喜ぶ時に、脳がどのように働いているかを明らかにしたと、放射線医学総合研究所などの研究チームが13日付の米科学誌サイエンスに発表した。

 研究チームは19人の大学生に、自分は平均的な成績の主人公だと設定された台本を読んでもらった。台本には、進路の目標が同じで自分より優秀な同性の学生や、目標が異なり優秀でもない異性の学生が登場。

 脳活動の変化を、血流から画像化する機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)でとらえると、優秀な学生に対するほど、身体的な痛みを処理するときに働く脳の部位の活動が活発になっていた。大学生に実際の気持ちを質問すると、ねたみも強くなっていた。

 次に、登場人物が食中毒になったり、就職した企業が経営危機に陥ったりするとの台本を読むと、優秀な学生が不幸になった場合ほど、お金などを受け取った時に機能する脳の部位が反応していた。

 同研究所の高橋英彦(たかはし・ひでひこ)主任研究員は「『他人の不幸はみつの味』と感じるメカニズムを脳科学的に明らかにできた。心理カウンセリングに応用できるのではないか」と話している。


一部の“物知り顔”や“マスコミ”が、小泉元首相が不幸な人間を作り出したというイメージを作れば作るほど、人間の本能的な、ねたみや他人の不幸を喜ぶ脳の部位を活性化し、小泉人気が上昇する。

私の感じる“ちぐはぐ”というのは、大衆は、《不幸な人間を作った悪人を忌み嫌う》というポーズすらとらなくなっているということを、まだ、マスコミは気づいていないところから来ている。

「小泉劇場第2幕」? 民主に広がる「埋没」危機感

2009.2.13 22:41  産経ニュース

 小泉純一郎元首相が麻生太郎首相を公然と批判したことが、民主党にも動揺を与えている。自民党の内紛は歓迎すべきなのだが、満身創痍(そうい)の麻生首相で早期に衆院解散・総選挙という政権奪取へのシナリオが狂いかねないうえ、郵政民営化をめぐる「小泉劇場」で埋没を余儀なくされた4年前の前回衆院選の“悪夢”がよぎるからだ。民主党は国民の支持が強い小泉氏の出方と自民党の内紛の行方に神経質になっている。

 小泉氏が首相批判をぶち上げてから一夜明けた13日も、民放テレビ番組はこぞって小泉氏の発言や自民党内の反応を伝えた。小泉氏に対するメディアの注目ぶりに、ある民主党幹部は「小泉劇場の幕が開いたな」とつぶやいた。

 小泉政権下の平成17年の衆院選前、自民党は郵政民営化の是非をめぐり党内が二分し、造反議員が除名処分や離党勧告を受ける事態に発展した。民主党は当初「自民分裂は願ってもない展開だ」と喜んだが、その後、造反者への刺客候補の擁立といった小泉氏の手法に関心が集まり、陰に隠れた民主党は惨敗した。

 これが民主党のトラウマになっており、党内には、「希代の名優」と評される小泉氏の“登場”に警戒感が漂う。簗瀬進参院国対委員長も13日の記者会見で「変な劇場政治を持ち込むことで焦点がぼかされ、政権交代を通じた日本政治のレベルアップが脇道にそれてしまう」と述べた。

 定額給付金に異を唱えた小泉発言を受け、民主党は給付金の財源確保のための給付金特例法案の参院での採決時期の再考を余儀なくされた。野党が多数を占める参院で否決後、衆院での再議決で自民党に造反者が出た場合、「自民党がつぶれるか、最高潮で生き返るかという2つの側面があるから厄介だ。自民党のお家騒動が主役になる可能性がある」(幹部)ためだ。

 民主党の輿石東参院議員会長は同日の参院議員総会で、自民党を揺さぶるために小泉氏がロシア訪問から帰国する20日以降に採決を先送りさせる考えを示した。その後の党幹部会では20日以降の採決を視野に、自民党内の動向を見極めた上で来週に判断することにした。

 一方、麻生政権が迷走する中、民主党内には次期衆院選での勝利を楽観視する空気もあった。だが「麻生下ろし」の動きが加速し、自民党の顔が代わる事態になれば情勢は一変する懸念も出てきた。小沢一郎代表は13日の幹部会で「混乱するのは自民党の方だ」と述べた。しかし、ある党幹部は小泉氏の影響力への不安をもらした。「小泉氏の政治に対する勘は、ものすごい。先がまったく読めなくなってきた」


劇場型は漫画に通じるという事は以前にも考察したが、【簗瀬進参院国対委員長も13日の記者会見で「変な劇場政治を持ち込むことで焦点がぼかされ、政権交代を通じた日本政治のレベルアップが脇道にそれてしまう」】などと、かっこつけたことを言ってみても、大衆は、たんに“漫画”が好きで、“漫画が好きな”麻生さんに親しみを感じて、一時、支持しただけなんだから、なんの意味もなさない。

大衆を“分別ある人達”だなんて、煽てるような事を言っても、効果は薄いのが現実なのだ。

というか、この“本音=大衆は深く考えてない”という事を前提にしないと、どんなに“高尚”な政治論をぶったとしても、空回りするだけになる。


ところで、この『ねたみ』に関して、大衆の感情・価値観をマスコミが誤認しているとハッキリとわかるのが、『天下り・渡り』問題への反応だ。

本来、人間は、頑張った人が高額な報酬をもらうことすら『ねたむ』わけだが、あからさまには言いづらい。しかし、マスコミが大義名分を与えれば、大声で『天下り・渡り、許さん!!』叫ぶと思っている。現に、マスコミは大声を上げている。

欧米ではあまり聞かない話だが・・・・。欧米人の感覚では、『頑張れば、高額な報酬を得られる。今は少ないけれど、そういう制度の下に生まれて幸せ』ということらしいのだが、日本人は、『今、少ない報酬が気に入らない。もらっているヤツはねたましく、自分は不幸せ』という違いなのかもしれない。

もっとも、このご時勢、日本の航空会社の社長が自ら給与カットを行い、安月給で身を粉にして働いている姿を欧米の社会はかなり評価したらしいし、『そういう制度の下に生まれて幸せ』というのは、『武士は食わねどたか楊枝』と同じなのだろう。。。

マスコミは『天下り・渡り』する人間を、“悪者”に仕立てて批難するよう仕向けているけど、もっともっと盛り上げるには、『俺達ゃ、ねたんでんだぁ』とやった方が、現代では効果的なのは間違いない。(ねたむこと自体への寛容と言えばいいのかも)

私は政権交代もありうる衆院総選挙では、まず、“教育改革”“年金・医療・介護制度改革”“外交”“憲法改正”を争点にしてもらいたいと思っている。

どの政党が政権をとるかは興味は無い。出来るやつがやればいいし、出来るやつにやらせたい。

医療の崩壊が叫ばれて随分経つが、m3.com などの医療従事者専門サイト内では、『ただ働きの研修医がいなくなったから』『仕事の無い事務方が経営のお荷物』などとの本音が出るのだが、全国紙やテレビ番組では、あいもかわらず、あさっての方向を向いている。

労働者の権利ばかりが主張されるあまり、研修医の人件費、必要の無い事務員の人件費のしわ寄せが、医療の中心になるべき医師の“立ち去り型サボタージュ”に繋がるのだが、大衆は実態を知らされない。

労働関連法は本来、能力という評価だけで分け与えられる仕事・職場における考え方の筈だ。なのに、免許を持った人間にしか出来ない職場にまで、拡大解釈してしまった結果、こうなったのだろう。医療事故に対する“業務上過失致死”を適用するのと同様に、かなり問題だ。


閑話休題。小泉元首相の政治家としての凄さは、人間の性質を知り抜いているところにあるのかもしれない。「小泉氏の政治に対する勘は、ものすごい。先がまったく読めなくなってきた」と、ある党幹部が言っているように。

国政は、外交、教育、防衛、、、、医療や介護などの社会保障を論じる場所の筈なのに、郵政事業がどうしたこうしたなんて、国でやろうが民間でやろうが、大差の無い(良い時もありゃ悪い時もある)を“政争の具”にする感覚、すなわち、大衆受けする“問題”をかぎ分ける能力に長けているのだ。(大衆だってシビアな問題の判断を迫られたら困る。かといってプライドもある。当たり障りの無い問題で侃々諤々させて自己満足させれば気分が良い。そういうツボを抑えてるんだよなぁ!小泉さんは)

バカな民主党は、外交、教育、防衛、、、、医療や介護などで一枚岩で纏まっていない現実もあるけれど、愚かな“政争の具”に乗っちゃう。共産党の方がよっぽどしっかりとしたポリシーを持っている。


で、こんな事を書いていると、いつも辿り着くのが、『議会制民主主義の下では、国民のレベル以上の政治は出来ない』。。。。。

さらに、最近では、『人の世はなるようにしかならない』と感じてしまう。


人間が、動物としての自分を曝け出しはじめている。羞恥心を失った若者をとやかく言うのは簡単だけど、ある意味、日本のルネッサンスなのかもしれない。

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バッタと日本人

20090209_grasshopperセロトニンは、発生生物学的に見るとかなり古い神経伝達物質だ。消化管のクロム親和性細胞から分泌されることを見てもうなづけるだろう。生き物に、まだ神経系などという“高級”なシステムが備わる前の“単なる管”だった時期から、生態防御の要として活躍しているんだからね。

間違って毒を食らったとき、それを“嘔吐”しなきゃマズイわけで、クロム親和性細胞は毒の感知器で、その情報の媒体はセロトニンってわけだ。(抗がん剤で吐くのは当然だよね!)

時は数十億年が経過し、セロトニンは中枢神経系でも使われるようになって、動物の行動や精神活動に色々な影響を与えている。

群れるべきか、群れざるべきか?(To Swarm or Not to Swarm?)

Science January 30 2009, Vol.323

サバクバッタ(desert locusts)が行う無害な"単生" ("solitarious")の形態から"群生" ("gregarious")相への劇的な変質は、密集度に依存する表現型可塑性(phenotypic plasticity)の最も奇妙で象徴的な実例の1つであり、経済的に大惨事をもたらす実例の1つでもある。

Ansteyたち(p. 627; Stevensonによる展望記事参照; カバー記事参照)は、個体の行動変化と、この例では集合と集団移動へと至るような、群構造の根底変化とを関係づける神経化学的メカニズムを明らかにした。

表現型変化(phenotypic change)を引き起こす鍵は、どこにでもある神経伝達物質セロトニンであり、この化合物はバッタの個体群密度を測っている複合した知覚信号(sensory cues)に反応して合成される。

セロトニンは相互嫌悪するバッタから相互誘引するバッタへと切り替えるが、これが集団形成に必須の第1段階なのである。

Serotonin Mediates Behavioral Gregarization Underlying Swarm Formation in Desert Locusts
p. 627-630.
ECOLOGY: The Key to Pandora's Box
p. 594-595.


この論文を読むと、バッタはセロトニンが少ないと“一匹狼”みたいな振る舞いをし、集団で行動するようになる為には、セロトニンが必要なんだと・・・・・。

そのセロトニンを作るか作らないかは、個体群密度を測っているセンサーからの信号によっていると・・・・・。


私、バッタが群れを成すというのは、天変地異によって“大量発生”してしまった単なる結果であって、それについて深く考えたこともなかった。これがセロトニンというキーワードで結びつつかなければ、私の中では、なんていうことの無い単なる現象だったのだが・・・・・。生命の根冠をなす伝達物質と結びついたとなると・・・・・。

この論文には、“密集度に依存する表現型可塑性の最も奇妙で象徴的な実例の1つであり、経済的に大惨事をもたらす実例の1つ”として取り上げられている。

コレって要するに、『人口密度が高くなりすぎると、大惨事になる』って事を言っているんだろうか??

だとすると、現代社会の“悪い面”がフムフムと納得のいくところがいくつか思いつく。(現代社会が殺伐として悪い面がクローズアップされるのは、決して、小泉元首相のせいではない・・・・まぁ、今回は小泉さんと政治の話はおいといて・・・・)

暴走族やサッカーのサポーターは、なんだか、バッタの群れに見えてきたワケだ。セロトニン出てるから“群れ”たがり、でもって彼らは“躁状態”なわけだから無茶をやる。うわぁ!!納得ぅ!!

で、最近の子供達は、仲間はずれにされることを極度に恐れるのだとか!?携帯電話を持っていないだけで仲間はずれにされちゃうらしい。そして、仲間内で“繋がっていない”ことが極度の恐怖なのだとか!?一日メールが来ないと不安でたまらなくなるのだそうだ。

セロトニンが出すぎている結果、群れたがる。一時、連絡がつかない(相対的にちょっと減る)と不安になる。・・・・のだろうか?


昔は単行本を小脇に抱えた大学生をよく見かけた。喫茶店で、一人、物静かに読書するのが、私の子供の頃の“大学生”のイメージだった。

『愛と誠』(梶原一騎原作・ながやす巧作画の漫画)に出てくる高原由紀が木に寄りかかって『初恋 (ツルゲーネフ)』(だったのか?)を読んでいる描写に『おおっ!!高校生っていうのは大人だなぁ』なんて小学生か中学生の頃に感心していた。

フォーク・ソングなどにも“孤独を愛する”なんてかっこつけたセリフがあったような・・・・(これはこれで蹴っ飛ばしたいけど)。


一人の時間を作って、考え事をする時間を作って、、、、ってのは、現代の若者の間では“流行らない”のは、要はバッタのセロトニンと同じ・・・・・・。

で、日本の人口減少に歯止めがかからないのは、増えすぎた反動で、若者の気質がこういうものなのは、人口密度、、、っていうか、地方の若者が東京に集まりすぎ、その情報・行動様式(だけ)がマスコミを通じて地方にばら撒かれる・・・・・・。


人間には個体群密度センサーが備わっていて、そこからセロトニンが出ている。

バッタとなんら、変わりがない。


う~~~~~~~む、とんでもなく、

『なんだかなぁ』

な結論に達してしまったぞっ、本日は・・・・・・・・・・・・・。チャンチャン。

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閉経後女性におけるエストロゲン+プロゲスチン使用後の乳癌

20090206_hrtこの論文は当然の結果を示しているんだけど、ぶっちゃけた話、この“ホルモン補充療法”って『若さを維持したい』って“欲望”への“対応”って事だよね?

老化を“自然の摂理”と捉えず“人知を以って克服できる”なんて“間抜け”な事を真剣に考えていた人達による“人災”って言ってもいいんじゃないの??

老化は生理現象だからバランスがあるのは当然だ。部分的に“非生理状態”にすれば、どこかが破綻するのは気づきそうなものなのにねぇ!それを“QOL”とかいう都合の良い言葉でオブラートに包んだって、結果は変わらないっちゅーのに!

Breast Cancer after Use of Estrogen plus Progestin in Postmenopausal Women

R.T. Chlebowski and others

背 景

女性健康イニシアチブ(Women's Health Initiative:WHI)のエストロゲンとプロゲスチンに関する試験の報告が 2002 年に発表されて以来、米国における更年期ホルモン療法の使用は大幅に減少した。その後、乳癌の発生率も低下したことから、ホルモン療法と乳癌との因果関係が示唆された。しかし、乳癌が減少した原因については依然として議論がある。


方 法

WHI の無作為化臨床試験(結合型ウマエストロゲン 0.625 mg/日+メドロキシプロゲステロン酢酸エステル 2.5 mg/日とプラセボの比較)の結果を分析し、WHI 観察研究コホート集団における乳癌診断の経時的動向を検討した。乳癌の危険因子、マンモグラフィーの受診回数、特定の期間における乳癌の発生率を、ホルモン配合剤の使用と関連付けて評価した。


結 果

臨床試験の最初の 2 年間は、エストロゲン+プロゲスチン群のほうがプラセボ群より乳癌の診断数が少なかったが、5.6 年の介入期間中に増加した。このリスクの増加は、両群が試験薬の服用を中止した後、マンモグラフィーの受診回数が同等であるにもかかわらず急速に減少した。観察研究での乳癌の発生率は、最初はホルモン療法群でプラセボ群の約 2 倍であった。しかしこの差は約 2 年で急速に縮小し、ホルモン配合剤の使用の経年的減少と一致していた。この期間中、両群間のマンモグラフィーの受診回数の差に変化はなかった。


結 論

エストロゲン+プロゲスチンの使用に関連して上昇した乳癌のリスクは、ホルモン併用療法の中止後まもなく顕著に低下し、マンモグラフィーの受診回数の変化とは関連していなかった。


N Engl J Med 2009; 360 : 573 - 87 : Original Article
(C)2009 Massachusetts Medical Society.


話は変わって、昨日だったか今朝だったか、読売新聞に面白い記事を見つけた。世論調査なんだけど、『首相に一番ふさわしい人は誰か?』ってもの。

これも、当然だと思うんだけど、小泉さんが1位。

勘違いしてもらっちゃ困るから言っておくが、私は小泉ファンでもなんでもない。


閑話休題、この論文のようなホルモンを補充する行為は、大学で生理学を学んでない一般の人でも、最初は『なんか、まずいんじゃねぇ~の?』と思ったはずだ。

だけど、どこぞの権威筋が『生活の質が上がる』なんてやると、こういう“純粋な疑問・不安”ってのは、一気に吹き飛んじゃう。(若さへの欲望があるから尚更)

同様に、“現代社会への不満・不安”が『世の中ってのが、最初からピースの余っているジグソーパズルみたいなものである結果』という事を、どこぞの権威筋が『政治家が悪いせいだ!』ってやるもんだから、こんな基本的な事すら忘れてしまうのと似ている。(周りに善い人と思われたい、他人より良い生活したいから尚更)


で、面白いって言うのは、権威筋の書いた書物や新聞、テレビ番組などを“読まない”、“見ない”世相が“純粋”な“野生的感覚”を根拠に答えを出すと、なんかやってくれそう(しっちゃかめっちゃかでもよい)な小泉さんが1位という事になるのだろう。


そもそも、人類が地球上に誕生して以来、全ての個体が“満足”していた時代なんて存在しない。物質的にどんなに恵まれた時代(社会)であっても、人の“満足度”ってのは“相対的”だから、正規分布の中央から離れる個体は『ふざけんじゃねぇ~よ』ってなる。

政治ってのは、こういう方向から眺めてみれば、不満集団が溜飲を下げるための方便ということになる。

もともと、ピースが余ってるんだから、あっちを立てればこっちが立たない。この“あっちを立てればこっちが立たない”を調整するのが“政治”だともいえる。

さらに、権威筋や評論家、マスコミは、“立たなかった(あぶれた)”人の溜飲を下げさせて、尚且つ自分の人気を得るために、『原因は小泉だぁ』ってやるから火に油を注ぐ結果になる。


この世の中は、誰がどうやっても、ピースを余すことなくパズルを完成させるなんて出来ないんだけど、試行錯誤をすれば、少しは余りを少なく出来る。

《双方が歩み寄って》なんて言葉で、こういう問題を解決しようとする人もいるが、特定の問題に限ってはうまくいく場合があるけど、全てがうまくいくわけじゃない。

これは、今回取り上げた論文が示すように《QOLが上がる》という理由で全ての行為が良い結果を招かないのと同じだ。

逆に双方が歩み寄れない問題の方が多いから、人類が地球上に誕生して以来、全ての個体が“満足”していた時代なんて存在しないとも言える。


生物学的に政治を見れば、《双方が歩み寄って》という行為は“保守的”な行為だといえる。ガラガラポンをやれば、ハマったかもしれないピースのハマる機会を奪うことになるからだ。

そういう意味でガラガラポン(試行錯誤)は、革新的・前衛的と言う事ができる。多様性を生ませる素地になるって言い換えても良い。生物にとって多様性は必然だ。


基本的に、政治に無関心な世相は“野生の感”が鋭いんだと思う。

だから、生物学的に無理の無い行為をする人、すなわち、小泉元首相を『首相にふさわしい』と支持するのだろう。


※で、もっと笑えるは、この世論調査、多分、読売新聞の意図とは違った結果であろう事だ!!

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DNA メチル化から見た加齢

20090202_antiage歳をとると色々な病気になるんだけど、一口に『歳だからねぇ』といわれて釈然としなかった人も多いだろう。誰しもが自分の経験(観察)から、これを否定する人はいないだろうけど、他人(医療従事者も含め)から言われると“カチン”と来る人などもいるから、微妙な問題なのだが・・・・。


それに、アンチエイジングなど言われている施術などには、かなりの数のまやかしも存在するのだが、その検証のための基本的なエビデンスが得られたので取り上げてみたい。

JAMA Vol. 299 No. 24, June 25, 2008 に掲載された『Intra-individual change over time in DNA methylation with familial clustering.』がそれだ。


遺伝子の塩基配列の違いによるその表現型の違いは、一生の間、変化することは無い。これは、中学校か高校で習うはずだ。で、ちょっと前まで、遺伝子そのものの型(塩基配列)が、その発現される機構をも含め、全てを規定していると考えられていた。

ところが、最近のエピジェネティクスの進歩により、その発現される機構は塩基配列とは関係ない部分によっても規定されるということがわかってきた。これがわかってくる前は、一卵性双生児の“死因”の違いが“科学的”に説明できないでいたのだ。

この論文では、歳をとるといろんな病気になるってことを、DNA のメチル化から説明している。同一の人の DNA を、最大16年の間をおいてメチル化の具合を調べたのだ。さらに特定の家族でメチル化の変化の度合いに格差があることも報告している。


私、常々、感じていたのだが、人間って、成長のスピードにはほとんど個人差は感じられないけど、老化には、かなり個人差があるなぁって。

多分、エピジェネティックな原因がそうさせてるんだろうなぁって思ってたんだけど、すばり、そういうことだったと証明してくれたのが、この論文だ。


だから、みのもんたなどが、安直に『これをすれば誰でもアンチエイジング』なんて言葉を発するのを苦々しく思っていたんだけど、これで、すこしは『ふざけんなよ!』とこき下ろす科学的な根拠が得られたわけだ。

ただ、メチル化の制御を人間がコントロールできるほど、この辺が解明されているのかと言うと、答えは NO だ。どうすれば、“若い”時のメチル化の状態を維持できるのか・・・・・?


う~む、残念!ながら、みのもんたには言いっ放しで逃げられそうである。
 
 
 
話は変わるが、『人生50年』などと言われた時代、その当時の環境やらなんやらが、実際に50年くらいで、現代の人生の終わりくらいの DNA メチル化の状態になっていたとしたら、、、、、

逆に、現代の『人生80余年』が、このメチル化の変化だとしたら、、、、、


私が薬剤師になりたての頃、、、、
フレミングにより抗生物質が発見され、臨床的に使用されるようになった時期と相関して、感染症での死亡が減った。しかし、このデータには、抗生物質が行き届かない農村部や未開の土地に住む地域でも、同様であった。
という話を聞いたことがあった。

その答えとして、医薬品や医学の進歩だけでなく、公衆衛生や労働環境、栄養なども、病気の進展に大きな影響があるのだというものが用意されていた。

今なら、DNA methylation が、その理由の一つに加わるんだろうなぁ。


そのうち、血圧下げたり、コレステロール下げたり、、、ってことやらないで、DNA メチル化の状態を維持・修飾することが、治療のメインになったりしてね・・・・。

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